抄録
【目的】体幹機能を評価する上で、端座位での動きをみることは臨床上よく行われている。そして腰痛がある者の端座位側方移動動作では腰椎が移動側に崩れていくような動きをする印象がある。また、腰痛を左右一方に訴えている者では訴えのある方向への移動時に同様の動きをしている印象がある。しかし、腰痛者の前額面上での動きを検討した研究はあまりみられない。そこで本研究では、健常者と腰痛者との端座位側方移動時の動きと、腰痛を左右どちらか一方に有している者の疼痛側と非疼痛側への動きを比較することで腰痛者の体幹機能を検討することを目的とした。
【方法】対象は現在腰痛のない男性9名(30.6±8.1歳:以下、健常群)と腰痛の訴えのある男性10名(28.1±7.0歳:以下、腰痛群)であった。腰痛群内で左右どちらか一方に腰痛を有しているものは7名(以下、片側腰痛群)、両側に有しているもの3名(以下、両側腰痛群)であった。開始肢位は端座位で股関節・膝関節90°、足幅は臀部幅に合わせ、腰椎を軽度伸展した状態とした。上肢は力を入れずに手を膝の上においてもらった。動作課題は肩を水平に保持したまま、片方の坐骨に体重が乗るまで側方移動する動作とし、1秒間で行うよう指示した。1cmマーカーを両肩峰、第1・3・10・12胸椎、第1・2・4・5腰椎、両上後腸骨棘に貼り付け、後方からデジタルビデオカメラ(カシオ)で撮影した。健常群、腰痛群ともに動作課題を練習後に左右3回ずつ記録した。記録した動画画像より画像編集ソフトLoiLo Scopeを用いて開始肢位、中間肢位(動き始めから終了までにかかった時間の中間での肢位)、終了肢位の静止画像を抽出した。各肢位での骨盤の傾斜角(両上後腸骨棘を結んだ線と水平線のなす角)・腰椎側屈角(第1腰椎と第2腰椎を結んだ線と第4腰椎と第5腰椎を結んだ線のなす角)・胸椎側屈角(第1胸椎と第3胸椎を結んだ線と第10胸椎と第12胸椎を結んだ線のなす角)・骨盤に対する腰椎の傾斜角(両上後腸骨棘を結んだ線と第1腰椎と第5腰椎を結んだ線のなす角)・骨盤に対する下部腰椎の傾斜角(両上後腸骨棘を結んだ線と第4腰椎と第5腰椎を結んだ線のなす角)の角度を画像解析ソフトImage Jにて算出し、3試行の平均値を分析に用いた。統計学的分析は、健常群と腰痛群の比較として開始肢位での絶対値と各肢位間の角度の変化量を分析し(対応のないt検定)、片側腰痛群内での疼痛側と非疼痛側の比較では各肢位間の角度の変化量を分析した(対応のあるt検定)。健常群と腰痛群の比較において、健常群は右側への動き、両側腰痛群は右側の動き、片側腰痛群は疼痛のある側の動きを分析に用いた。有意水準は5%とした。
【説明と同意】ヘルシンキ宣言に基づき、対象者には本研究趣旨を十分に説明し、同意書にて同意を得た。
【結果】健常群と腰痛群の比較では開始肢位に有意差は認めなかった。骨盤に対する腰椎の傾斜角および骨盤に対する下部腰椎の傾斜角の変化量が、開始肢位から中間肢位、開始肢位から終了肢位での変化量において、健常群よりも腰痛群で大きかった。中間肢位から終了肢位での変化量では有意差は認めなかった。腰痛群の疼痛側と非疼痛側の比較では、骨盤に対する下部腰椎の傾斜角の変化量が、開始肢位から中間肢位の変化量において疼痛側で大きかった。その他の区間では有意差は認めなかった。この課題中に疼痛を訴えた者はいなかった。
【考察】腰痛群では健常群に比べて端座位側方移動動作時に腰椎、特に下部腰椎が大きく動いていることが分かった。動作前半と動作全体の変化量で有意差を認めたが、動作後半では認めなかったことから、動作前半での動きが大きいことが分かる。また、片側腰痛群の疼痛側と非疼痛側の比較においても、動作前半での下部腰椎の動きが疼痛側で大きいことが認められた。これらの結果から、端座位側方移動動作における、動作前半に下部腰椎を大きく動かす運動パターンが、腰痛と関連していることが推察される。この運動パターンとなっているのは、腰痛患者では多裂筋など腰椎を安定させる筋の萎縮が報告されているため、側方移動動作時に、不安定になっている腰椎が運動の早期から動き始めているものと考えられる。また、疼痛のある側で下部腰椎の動きが大きいことは、腰椎の変性疾患が下部腰椎に多いことと関連があるかもしれない。
【理学療法学研究としての意義】本研究では健常者と腰痛者の端座位側方移動動作の違いが提示され、骨盤と腰椎の相対的な傾きを観察することで、腰椎の運動パターンが評価でき、体幹機能改善の客観的な判断が可能となることが示唆された。