抄録
【目的】
野球選手の投球側肩関節における関節可動域の特徴として,肩関節内旋制限,外旋拡大の報告が多くなされている.また,投球動作は下肢,体幹からのエネルギーの伝達により手部よりボールが放たれる全身的運動連鎖であり,肩,肘関節の投球障害予防には体幹,下肢の機能も重要であるとされている.股関節,体幹可動域の制限が肩・肘への負担を多くすることも報告されている.筋柔軟性低下,脆弱な骨・軟骨を有する小学生,中学生の投球障害においては,Little leaguer’s shoulder,Little leaguer’s elbowといった成長期特有の障害が問題となっている.しかし,これまでの野球選手における関節可動域,筋柔軟性と投球障害の報告ではプロ野球選手,大学生での報告が多い.
本研究の目的は,中学生野球選手を対象に股関節,肩関節の関節可動域及び,下肢,肩関節周辺の筋柔軟性の評価を行い,その特徴を把握すること,および肩・肘痛との関連を明らかにすることとした.
【方法】
対象は,群馬県前橋市内中学校4校の軟式野球部に在籍する男子中学生80名(1年生35名,2年生45名,平均身長:158.7±8.9cm,平均体重:48.0±8.7kg)とした.
基本情報についてアンケート用紙を作成し,年齢,学年,現病歴,肩・肘関節痛の有無,野球歴,ポジションについて聴取した.測定項目は,関節可動域測定として,股関節内旋・外旋,股関節内転・外転,肩関節内旋・外旋の6項目,筋柔軟性の評価として,HBD(Heel Buttock Distance),SLR(Straight Leg Raising),Thomas test,CAT(Combined Abduction Test)の4項目の計10項目とした.
統計学的解析では,全対象者における各項目の左右での比較をWilcoxonの符号付順位検定により検討した.また,肩関節または肘関節に疼痛を有する群(肩・肘痛有群)と,いずれの部位にも疼痛を有さない群(現病歴無群)の比較をMann-Whitney U検定を用いて検討した.危険率5%未満を有意差ありとした.
【説明と同意】
対象者全員および保護者,チーム責任者に本研究内容,対象者の有する権利について十分に説明を行い,書面にて参加の同意を得た.
【結果】
対象者の属性として,現病歴を有する者は22名(27.5%)であり,そのうち肩・肘痛有群は10名(12.5%)であった。
各項目の左右での比較は,股関節外旋(p<0.01),肩関節外旋(p<0.01),HBD(p<0.01)で投球側の方が有意に可動域,柔軟性が大きかった.股関節内転(p<0.05),股関節外転(p<0.05),肩関節内旋(p<0.01),Thomas test(p<0.05),CAT(p<0.01)では投球側が有意に小さい結果となった.
肩・肘痛有群と現病歴無群の比較では,非投球側股関節内転(p<0.01),投球側股関節外転(p<0.05),非投球側肩関節内旋(p<0.05),投球側・非投球側HBD(p<0.05)で肩・肘痛有群の方が有意に可動域,柔軟性が小さい結果となった.
【考察】
野球選手における肩関節内旋,外旋可動域の変化について,その要因として投球時の肩関節外旋筋の遠心性収縮の反復による外旋筋の伸張性低下,骨性,関節包の順応,適応が考えられている.この適応には成長期にみられる上腕骨頸部の後捻角増大という骨性要因が関与している.肩関節内旋制限,外旋拡大の変化は小学生からすでに生じていることが報告されているが,今回,中学生でも同様の変化が生じていることが明らかとなり,先行研究を支持する結果となった.また,股関節可動域制限,腸腰筋・大腿四頭筋・肩甲帯の筋柔軟性低下に関しては,成長期による相対的な筋柔軟性の低下,及び,投球動作中による筋疲労が影響していると考えられる.
本研究における対象者の特徴として,障害発生割合,肩・肘痛の発生割合を先行研究と比較すると,障害を有する者の割合が少ない結果であった.肩・肘痛有群では,股関節可動域制限,大腿四頭筋柔軟性低下がみられ,投球動作における運動連鎖の点から考えると,それらが投球障害発生の一要因である可能性が示唆された.
【理学療法学研究としての意義】スポーツ障害において投球障害は大きな問題となっており,特に成長期の未熟な骨,軟部組織への大きな負担は重大な障害を引き起こす.しかし,この段階では障害予防,ケアの意識,知識が乏しい現状である.今回の研究は,障害予防の観点より,成長期野球選手における関節可動域,柔軟性改善の重要性を提唱する意味で大変意義のあるものであると考える.