抄録
【目的】
人工膝関節全置換術(以下TKA)は、関節リウマチ(以下RA)などでも高度に変形した膝関節に対する有力な手術療法であり、後療法としての理学療法(以下PT)の重要性も認知されている。その際、歩行獲得期間を術前の運動機能評価にて予測が可能であれば、術前リハビリテーションの施行において指針となり、術後リハビリテーション施行時の進行を予測し個別対応での円滑な介入が行えると考えた。TKA全般については術前機能と術後歩行能力の検討の報告は散見されるが、RAを対象とした報告は少ない。そこで今回RAを対象にTKA術前評価での膝関節機能、歩行能力、疼痛について、調査し、杖歩行獲得期間との関係を検討した。
【方法】
2009年10月から2010年10月末まででRAに対してTKAを施行され、術前術後ともに歩行可能であった患者のうち、術後プロトコールにてPOD4~5にて歩行開始許可の出た32名(男性5名:女性27名・34膝・年齢62.6±11.1歳・BMI23.5±4.1)を対象とした。
測定項目として術前の歩行能力・術側の膝関節可動域(以下ROM)・疼痛の程度・両側の下肢筋力と術側片脚立位時間を測定した。ROMはゴニオメーターを使用し、術側膝関節の伸展ROMと屈曲ROMを他動的に5度刻みで測定し、疼痛の検査はVisual analog scale(以下VAS)にて術側の膝関節の疼痛(以下膝VAS)と、リウマチの痛みについて(以下全身VAS)をmmで測定した。歩行能力はTimed up and go test(以下TUG)を行った。
下肢筋力はPower trackII(日本メディックス社製)を用いて、端坐位にて膝関節屈曲90°での等尺性の膝伸展筋力を5秒間測定し、下腿長(m)をかけて体重で除し、トルク体重比(N.m/Kg)として算出した。片脚立位時間、TUG、下肢筋力とも2試行を行い、最大値を採用した。杖歩行獲得期間は、TKA術後から理学療法士が病棟杖歩行許可した日数までの期間とした。
統計処理は杖歩行獲得期間を正規分布に近づけるため対数変換し従属変数とし、測定項目のうち杖歩行獲得期間との相関をspearmanの順位相関係数によって求め、相関がみられた膝伸展筋力、TUG、全身VASを独立変数としてStepwise重回帰分析を行った。
また杖歩行獲得期間の中央値(7.5日)より未満と以上の2群に分け、早期歩行群とその他群として2群間にてMann-WhitneyU-検定を行った。なお統計学的有意水準は危険率5%未満とした。
【説明と同意】
対象者には当院の規定に基づき本研究の趣旨を事前に説明し、同意を得た。
【結果】
杖歩行獲得期間は術後4~23日であり、平均9.18 ±4.87日で中央値は7.5日であった。膝関節屈曲ROMは118±18.0°、伸展ROMは-12±11.3°であり、術側膝伸展筋力は0.57±0.36N・m/kg、非術側膝伸展筋力は0.74±0.42N・m/Kg、片脚立位時間は18.1±11.8秒、膝VAS58±21.1、全身VAS36.1±22.1であり、TUGは14.3±8.7秒であった。重回帰分析の結果、TUGが選択され、標準編回帰係数は0.46であった。早期群とその他群で16名17膝:17人17膝であり、早期歩行群とその他の群で統計学的有意差が見られた術前評価項目は、術側下肢筋力(p=0.0063)、非術側下肢筋力(p=0.028)、TUG(p=0.0034)であった。
【考察】
以上の結果から、RAに対するTKAにおいて、TUGが速いほど、術後の杖歩行獲得日数が短くなり、RAにおける術後経過を予測する重要な因子であると考えられた。
また今回の患者群では術後7日目以内に杖歩行を獲得した群では術側/非術側に限らず、膝伸展筋力が高い傾向がみられた。回帰分析の結果と差の検定を同時に考えることは出来ないが、TUGという複数の要素を含む評価項目が杖歩行獲得期間を予測される因子として抽出され、さらに杖歩行獲得期間中央値を境に、膝伸展筋力に有意差がみられた。先行研究ではTKA患者の杖歩行獲得期間を予測される術前因子では、疾患因子としてRA、片脚立位時間が挙げられている。また得られたデータを先行研究と比較すると、筋力は低値であるが、TUGは同等もしくは良好な値であり、片脚立位時間が長い傾向がみられた。このことから筋力の低下しているRAに対するTKAでの早期の歩行獲得においては、より膝伸展筋力が影響することが示唆された。
【理学療法学研究としての意義】
今回の研究では、術前機能評価項目と術後経過について、RAに対するTKA術後の歩行獲得期間を予測する因子と早期歩行獲得につながる因子が示唆された。今後これらの因子を踏まえることで、RAに対するTKA後のリハビリテーションのより円滑かつ効果的な介入が行え、外来等で行う術前運動指導の個別化等にも役立つと思われる。