抄録
【目的】
膝前十字靱帯(Anterior cruciate ligament:ACL)損傷が女子バスケットボール選手にもたらす問題は大きく、予防的観点から研究が進められている。ACL損傷が発生している動作はストップやジャンプ着地、さらにそこからの側方移動、すなわちカッティングなどである。なかでもカッティングは重心が上下、左右方向に大きく移動し、運動力学的な解釈も難しいことから、研究が十分に進んでいない。
筆者らはカッティングを2相に分割することで、各相での特徴的な筋活動をとらえようと考えた。H/Q比、内・外側広筋、内・外側ハムストリングの関係という観点から筋活動の分析を進め、カッティングの運動力学的な基礎データを作成することを本研究の目的とした。
【方法】
対象は本研究に同意が得られた、下肢に整形外科疾患がなく、定期的にバスケットボールを行っている健常女性8名である。対象の年齢(平均±SD)は20.9 ±1.5 歳、身長は158.4 ±7.0 cm、体重は52.8 ±5.9 kgであった。
課題動作は2歩前方に助走した後、3歩目を出した脚と反対方向側へ90°側方にカッティングを行うこととした。今回は全対象者の軸足であった左脚に焦点を当て分析を行った。ハイスピードカメラ(FKN-HC200C フォーアシスト社)を用いて周波数200Hzで撮影し、動作を2つの相に分割した。踏み込み脚の踵部が床面に接地した瞬間から、膝関節屈曲角度が最大値を迎えた瞬間を屈曲相とし、そこから、踏み込み脚の足尖が床面から離れた瞬間を伸展相とした。外側広筋(VL)、内側広筋(VM)、大腿二頭筋(BF)、半膜様筋(SM)の筋活動は表面筋電図(Personal-EMG 追坂電子機器社)を用いて測定し、各筋の最大随意収縮時の筋活動量に対する割合(%MVC)として表した。VL、VMの活動量の平均を大腿四頭筋(Quad)の活動量、BF、SMの活動量の平均をハムストリング(Ham)の活動量とし、H/Q比を算出した。BF、SMの筋活動比(BF/SM比)とVL、VMの筋活動比(VL/VM比)を使用し比較した。さらに、3次元座標から、膝関節外反角度の変化量を求めた。
各相での筋活動の比較には対応のないt検定を用い、危険率5%未満を有意とした。
【説明と同意】
対象には、目的や方法を十分に説明した後、署名にて同意を得た。なお、本研究は広島大学大学院保健学研究科心身機能生活制御科学講座倫理委員会の承認を得て行われた(承認番号1028)。
【結果】
動作に要した時間は302.4±42.1msで、屈曲相 139.0±25.4ms、伸展相 163.4±28.9msであった。
屈曲相の筋活動量はVL 161.5 ±43.4 %、VM 181.9 ±55.8 %、BF 66.5 ±32.8 %、SM 52.5 ±23.7 %であり、VMはVLより、BFはSMより有意に高値を示した。これに対し、伸展相の筋活動量はVL 61.7 ±42.3 %、VM 78.1 ±57.8 %、BF 48.4 ±23.2 %、SM 57.5 ±48.1%であり、VMはVLより有意に高値を示したが、BFとSMに有意な差は認められなかった。それぞれのH/Q比は屈曲相0.32±0.13、伸展相0.89±0.07であった。
VL/VM比は屈曲相 0.32±0.11、伸展相 0.91±0.38であった。BF/SM比は屈曲相 1.32±0.52、伸展相 1.18±0.69であった。
各相の膝関節外反角度の変化量は、屈曲相 11.4±2.1°、伸展相 10.8±5.0°であった。
【考察】
屈曲相ではQuadがHamより約3倍の大きさで著明に働いた。屈曲相は勢いよく前進した助走から急激に止まり、運動方向を転換する準備期間である。止まった際の大腿四頭筋の高い活動とハムストリングの低い活動は脛骨の大きな前方移動を生じさせ、ACLにストレスを加える恐れがあることから(Colbyら 2000)、本研究でも同様のことが推察された。
QuadではVMが、HamではBFが優位に働いた。Palmieriら(2008)は、内側Hamに対する外側Hamの筋活動増加が膝関節の外反に関連すると報告している。動作中の膝外反角度変化量は約10°外反方向に変化しており、外側HamであるBFの筋活動量が大きいことは膝関節の外反を誘導させたと考えられる。しかし、VMは膝関節の内側安定性に関与し、本来は膝外反を制動するはずである。結果から、VMが働いても膝関節は外反方向に変化しており、VM単独の力では膝外反角度を制動できない可能性がある。これよりカッティングにおいて、内側Hamおよび外側Hamの筋バランスの重要性、VMの選択的収縮の重要性が示唆された。
今回の測定で、各動作の筋活動全体に比較的大きなばらつきがみられ、安定した筋活動を得ることの困難さを感じた。筋活動を正確にとらえることで、ACL損傷のリスクが高い選手をスクリーニングでき、予防に役立つと考える。
【理学療法学研究としての意義】
本研究でカッティング時の膝関節周囲筋の筋活動をとらえられたことは、ACL損傷の予防のための理学療法の基礎データとなる点で、意義が大きい。