抄録
【目的】腸脛靭帯(iliotibial band:ITB)は膝関節を屈曲していくと矢状面上で大腿骨外側上顆の前方から後方へ移動する.この際に起こる摩擦が積み重なることによって腸脛靭帯炎(iliotibial band friction syndrome:ITBFS)が発症する.先行研究においてITBが大腿骨外側上顆を乗り越える際の膝関節屈曲角度は約30°であると報告されている(Noble 1979).筆者らは,股関節屈曲角度が増加するほど,この際の膝関節角度が増加することを報告した(冨山ら 2010).ITBの緊張が高いと,大腿骨外側上顆との摩擦力が増大し,それによってITBFS発生のリスクが増大する.しかし,ITBの緊張の大きさにより,ITBが大腿骨外側上顆を乗り越える際の膝関節角度が変化するという研究は渉猟の限りでは認められない.本研究では股関節内外転角度を変えることで,ITBが大腿骨外側上顆を乗り越える際の膝関節角度が変化することを明らかにすることを目的とする.
【方法】対象は本研究に同意が得られた,下肢に整形外科疾患を有さない健康な男性10名とした.年齢,身長,体重の平均±SDは22.3±1.0歳,173.2±8.0cm,63.1±11.1kgであった.測定肢位は側臥位で股関節内外旋0°とした.股関節の角度を伸展10°,屈曲0°,屈曲10°の3つの屈曲伸展条件それぞれで外転10°,外転0°,内転10°にて測定する合計9条件に規定した.筋収縮の影響を除去するために側臥位で測定脚を傾斜のついた台の上に置き内外転角度を規定した.股関節を規定の角度まで他動的に動かし大腿骨外側上顆上を測定者が触知したまま膝関節を屈曲させ,ITBが大腿骨外側上顆を乗り越えた際の膝関節屈曲角度を膝関節に取り付けた電子角度計(Biometrics社製)を用いて測定した.各条件につき大腿骨外側上顆より2横指近位の部位のITBの緊張を筋硬度計(Muscle Meter PEK-1井元製作所製)を用いて計測した.得られたデータは平均値±SDで表し,各条件の比較には対応のあるt検定を用い,多重性を考慮しBonferroni法を用いて有意水準の調整を行った(p<0.016=0.05/3).測定の信頼性を確かめるため同一検者が1つの条件につき3回ずつ角度と筋硬度の測定を行い級内相関係数ICC(1,1)を算出した.全て0.90以上であり信頼性は高かった.
【説明と同意】対象に対して十分な説明を行った後に研究同意書に署名をうけ,測定を実施した.本研究は広島大学大学院保健学研究科心身機能生活制御科学講座倫理委員会の承認を得て行った(承認番号0914).
【結果】股関節屈曲10°位の外転10°,外転0°,内転10°での膝関節角度はそれぞれ41.8±5.2°,36.6±2.1°,34.7±2.7°であった.股関節屈曲0°位の外転10°,外転0°,内転10°での膝関節角度は35.5±6.4°,31.3±4.0°,28.4±4.4°であった.股関節伸展10°位の外転10°,外転0°,内転10°での膝関節角度は32.1±3.8°,28.8±3.4°,25.7±4.0°であった.全ての股関節屈曲伸展条件で股関節が外転するほど大腿骨外側上顆を乗り越える際の膝関節角度は有意に増加した(p<0.016=0.05/3).
股関節屈曲10°位の外転10°,外転0°,内転10°での筋硬度はそれぞれ49.3±4.2N,52.8±4.5N,57.0±4.8Nであった.股関節屈曲0°位の外転10°,外転0°,内転10°での筋硬度は53.3±5.1N,56.3±4.0N,59.4±4.6Nであった.股関節伸展10°位の外転10°,外転0°,内転10°での膝関節角度は57.8±4.2N,59.8±4.0N,64.3±3.3Nであった.全ての股関節条件で股関節を屈曲または外転するほど,ITBの緊張が減少した(p<0.016=0.05/3).
【考察】筆者らはこれまでに股関節の矢状面上の角度を変化させることで大腿骨外側上顆を乗り越える際の膝関節角度が変化することを報告してきた.本研究では,股関節の前額面上の角度を変化させることでも大腿骨外側上顆を乗り越える際の膝関節角度が変化することが確認できた.ITBFSの検査方法であるOber法においても股関節伸展位から内転させるため,股関節の矢状面上と前額面上の角度が重要となってくる.これらの股関節角度だけでなく,膝関節角度との関連性を明確にできた意味は大きい.また,股関節を内転あるいは伸展させるほどITBの緊張が増加することが確認された.よって,股関節を内転・伸展するほど,大腿骨外側上顆を乗り越える際の膝関節角度が減少すると考える.
【理学療法学研究としての意義】股関節内外転角度の違いによってITBが大腿骨外側上顆を乗り越える際の膝関節角度が変化することを確認した.よって,スポーツなどでの疼痛発生場面を明確にする一助となると考える.また,あらかじめ規定の股関節条件での大腿骨外側上顆を乗り越える際の膝関節角度を測定しておくことでITBの緊張を定量化することができる.そのため,ITBFSの発生リスクを評価するための一助になると考える.