抄録
【目的】
近年、心臓外科領域で施行されている低侵襲心臓手術(MICS)がある。MICSはICU滞在日数の短縮、早期の歩行獲得、術後在院日数の短期化などの点から胸骨正中切開例と比較し、術後の回復が良好であるという報告は散見される。しかし、MICS手術後の運動耐容能や呼吸機能、運動時の換気面から評価した報告は少ない。そこで、今回我々はMICS症例の運動耐容能と運動時換気様式を心肺運動負荷試験(CPX)およびCPX中のFlow Volume Loop(FVL)を測定し、胸骨正中切開術例と比較、検討したので報告する。
【対象】
当院心臓血管外科にて待機的に手術が施行されたMICS群6名(平均年齢54.5±14.6歳、ポートアクセス法による僧帽弁形成術6名)、胸骨正中切開群(正中切開群)10名(平均年齢63.9±8.2歳、冠動脈バイパス術8名、僧帽弁形成術1名、弁膜症複合術1名)を対象とし、呼吸器疾患は除外した。
【方法】
診療録より年齢・術後左室駆出率(LVEF)・既往歴を調査した。CPXは手術後に自転車エルゴメータ―によるランプ負荷法(10w/分)で行った。CPXは術後、MICS群では11.8±2.4日、正中切開群では14.4±2.5日に行った。安静時、運動時(ウォームアップ20w・AT・最大運動)、運動後の最大吸気・呼気時の各肺気量および流量を呼気ガス分析器(ミナト医科学社製AE300-S)にて測定した。得られたデータはサンプリング周波数100HzでPCにA/D変換後取り込み、運動後の最大吸気・呼気時のFVL(MFVL)中に安静時、運動時FVL(extFVL)を描いた。CPXではAT時のVO2、Peak VO2、VE/VCO2 slopeを測定した。呼気のMFVLにextFVLが接するもしくは超えている場合は呼気流量制限があると判断した。またCPX時に呼吸機能検査を実施した。得られた1秒量に40倍を乗じた値を予測最大分時換気量とし、運動時の換気量との比で表わされる換気予備能の指標であるDyspnea Indexを算出した。2群間の比較にはχ2検定と対応のないt検定を用い、危険率5%未満を有意水準とした。(P<0.05)
【説明と同意】
対象者には本研究の趣旨を説明し、同意を得た。
【結果】
2群間で年齢・左室駆出率に差を認めなかった。既往歴ではMICS群に高血圧1例、喫煙歴1例、正中切開群では、糖尿病4例、高血圧6例、脂質異常症8例、喫煙歴5例であった(P<0.05)。MICS群と正中切開群の各指標を順に示す。CPXの結果ではAT時のVO2が13.1±1.9ml/kg/min vs 11.8±1.7 ml/kg/minであり2群間に差を認めなかった。しかし、Peak VO2が18.3±3.5.6ml/kg/min vs 15.0±2.6 ml/kg/minであり、MICS群が有意に高い値を示した(P<0.05)。VE/VCO2 Slopeが27.5±3.2 vs 36.6±6.2であり、MICS群が有意に低かった(P<0.01)。呼吸機能ではVCが3.1±0.5l vs 2.6±0.4lと差はないが、FEV1.0では2.2±0.4l vs 1.71±0.4l、V50では3.2±09l vs 2.1±0.6lであり、正中切開群と比べ、MICSで有意に高い値を示した(P<0.05)。また、Dyspnea Indexは48.2±11.5%:72.1±14.2%であり、 MICS群が有意に低かった(P<0.01)。呼気流量制限ではMICS群では0名に対し、正中切開群では9例(90%)に認めた。
【考察】
MICS群は手術後の運動耐容能において正中切開群より良好である。また、呼気流量制限を認めず、VE/VCO2 Slope、Dyspnea Indexの換気予備能を示す値が正中切開群と比較して低値であった。今回測定した手術後の期間においてもMICS群に比べ、正中切開群では呼気の気道狭窄を示した。これらの原因としてはMICS群では手術後の呼吸機能の回復が早期に得られるため、換気の面では運動耐容能に及ぼす影響が少ないことが考えられた。一方で正中切開群では呼気流量制限を多く認め、FVLも閉塞性のパターンを呈していたことや、Dyspnea Indexが高い値を示したことから換気予備能の低下が運動耐容能の一要因であると考えられた。
慢性心不全患者でみられる運動時肺気量位変化の異常は運動耐容能低下の一要因であるとされている。また、呼気流量制限を呈するのは呼吸筋力の低下、肺うっ血、肺コンプライアンスの低下、末梢気道の閉塞に起因しているとされている。本研究ではMICS群に呼気流量制限を認めないことが、手術後の運動耐容能の改善に寄与している可能性があると思われた。今後は、手術前との呼吸機能の比較や運動耐容能に関する検討がさらに必要である。
【理学療法学研究としての意義】
MICS後の運動耐容能に関する報告は少ない。また、extFVLを用いて運動中の流量制限や肺気量位変化を把握することは、運動耐容能改善を目的とした理学療法を行う上で、重要な評価となると考えられる。