抄録
【目的】
我が国は1970年に高齢化社会となって以降,高齢化率はますます高まり,2007年に超高齢社会を迎えた。高齢者が豊かな生活を送るため,また,医療経済的な観点からも高齢者の運動機能向上や転倒・骨折予防が喫緊の課題とされている。高齢者の転倒予測因子として,バランスや移動能力を反映する歩行速度や下肢筋力といった身体機能が有用な指標である一方,主観的評価指標である自覚的転倒恐怖感の有用性も報告されている。
我々は高齢者の運動機能の微細な差異を鋭敏に検出でき,転倒のリスクを伴わず,より安全で簡便に省スペースで行える検査方法を開発することを目的に,Sitting Side Punch testを考案した。本研究ではSitting Side Punch testと転倒恐怖感の評価指標であるFES(Falls Efficacy Scale)との関連について検討することを目的とした。
【方法】
我々が地域在住の高齢者の健康増進に資することを目的に開催している身体機能測定会(自分の身体を測定する会)への今年度の参加者を対象に,身体機能測定と自記式アンケートによる調査を実施した。本研究で使用した測定・調査項目は年齢,身長,体重,Sitting Side Punch testおよびFESとした。Sitting Side Punch testは,椅座位にて両側方に設置した直径15cmの円形スイッチを左右交互に10回たたくのに要する時間を計測するものである。測定条件は以下の通りとした。高さ40cmの台上に椅座位を取らせ,両上肢を水平に側方挙上させた状態で指尖から10cm遠方で高さ75cmの位置にスイッチの中心が来るように左右両側に設置した。測定を行う運動課題は,両上肢を側方に水平挙上した肢位を開始肢位とし,右側のスイッチからたたき始め,できるだけ速く左右交互にスイッチをたたくよう指示した。数回の練習の後に10回の反復動作(左右交互に5回ずつ)に要する時間を計測した。FESは10項目の日常生活動作を,実際に可能かどうかに関わらず,転倒せずにできる自信を問い,「大変自信がある(1点)」から「全く自信がない(4点)」の4段階で回答させた。
結果の分析は,FESの結果をもとに,転倒恐怖感あり群となし群に分類し,Sitting Side Punch testの結果についてt検定による群間比較を行った。統計解析にはJMP 8を使用し,有意確率は5%未満とした。
【説明と同意】
本学研究倫理委員会の承認を経た後、全ての対象者に本測定会の内容および測定データの使用目的について口頭ならびに書面を用いて十分な説明を行い、書面による任意の同意を得た。
【結果】
今年度の測定会に参加した142名(男性35名,女性107名)のうち,65歳未満の13名と,アンケート用紙へ未記入項目があった6名を除いた123名(男31名,女92名)を最終的な解析対象とした。対象の属性の平均値および標準偏差は,年齢73.9±5.6歳,身長153.7±7.1cm,体重52.3±8.6kg,BMI 22.1±3.0であった。Sitting Side Punch testは同様に5.1±0.9秒であった。FES得点は同様に13.3±4.1点,得点範囲は10-22点であった。
FESの結果より,全項目に「大変自信がある」と回答した51名を自信群,1項目以上に「まあ自信がある(2点)」と回答した72名を不安群に分類した。各群のSitting Side Punch testの平均値と標準偏差は,自信群4.9±0.1秒,不安群5.2±0.1秒であり,2群間に有意な差が認められた(p<0.05)。
【考察】
FESは,複数回の転倒歴やケガあり転倒歴と並び,将来の転倒を予測する因子としての有用性が報告されている。今回の対象者は地域で自立生活を送る高機能な高齢者であり,不安群においてもFES得点の平均は15.6点と低く,明確な転倒恐怖感を自覚しているとは言えないにも関わらず,Sitting Side Punch testが有意な遅延を示した。Sitting Side Punch testは身体機能の評価指標として考案し,下肢筋力との関連が明らかとなっているが,今回の結果は,高齢者のわずかな不安感を鋭敏に反映する評価指標として有用であることを示唆すると考えられた。
【理学療法学研究としての意義】
Sitting Side Punch testは高機能高齢者の転倒に対するわずかな不安感を鋭敏に検出できるとともに,座位で実施できることから,立位や歩行が不安定な高齢者に対しても安全に実施できる有用性の高い検査であると考えられ,高齢者の健康増進や転倒予防においての活用が期待される。