抄録
【目的】
反張膝による歩行困難は,臨床現場において散見される.その原因は,脳卒中,末梢神経障害,筋疾患など様々である.脳卒中では,初回のリハビリテーション(以下リハ)において適切な装具処方や歩行訓練を怠った場合に,日常生活復帰後において反張膝を呈す場合がある.また,末梢神経障害や筋疾患による反張膝は,下肢の筋力を補うために日常生活において膝のロッキング歩行を長期間続けたために起こる事が多い.つまり,患者自身が歩き易い歩行を長期間続けたために,やむをえず反張膝を呈している場合が多い.
このような経過を辿った患者は,今までとの歩容の違いによる歩行時の違和感や動きにくさ,装具の圧迫感などの装着感の問題から装具使用と矯正が困難なことが多い.
今回,シャルコー・マリー・トゥース病(以下CMT)で,特に足関節底・背屈筋の著明な運動麻痺により反張膝を呈した歩行困難症例に対して,装具療法を行うことで反張膝の矯正およびT-cane歩行の獲得に至ったので報告する.
症例は73歳,男性.60歳時に下肢脱力を自覚し,歩行時に足を引きずるようになる.2年前より大腿背面内側とふくらはぎの疼痛出現.一昨年1月,歩行困難となり,近医受診,糖尿病性末梢神経障害と診断.昨年1月中旬にセカンドオピニオン目的で他院受診し,CMT疑いでグロブリン療法を施行される.その結果,筋力の改善認められ,四点支持器使用下での歩行が可能となり,自宅退院となる.この際には既に反張膝を呈していた.本年2月下旬,右側反張膝の矯正,杖歩行獲得目的で当院リハ科に入院,同日よりリハ開始となる.
リハ開始時の現症は、意識清明,オリエンテーション良好,脳神経系にも問題はなかった.感覚は,触覚,深部感覚には問題はなく,両足背から足部にかけて温痛覚の低下が認められた.MMTは前脛骨筋,下腿三頭筋,長・短腓骨筋が両側で2,足部の筋群も2-,その他の下肢筋は4であった.また上肢については低下が認められなかった.関節可動域は両足関節背屈0°の制限があり,また右膝関節伸展20°の過伸展が認められた.
ADLは身辺動作や床上動作は自立,基本的動作は立ち上がり可能,立位保持困難,歩行は四脚支持器を用いれば可能であり,常に右立脚期に反張膝が認められていたが,膝部に疼痛などの訴えはなかった.両T-cane使用下での歩行は両立脚期共に外側へのふらつきが認められ,転倒傾向があるために軽介助レベルであった.
【方法】
本症例のニードはT-cane歩行の獲得であることから,T-cane歩行の獲得,および立位バランスの向上を目標とした.立位保持,歩行困難の理由としては,反張膝による立脚期の安定性低下,足関節底背屈筋および足部の筋力低下によって,バランスをとるのに必要な床反力を用いることができず,転倒傾向が生じていると考えた.
上記の問題点に対し,下肢を中心した徹底的な残存筋の筋力増強運動,足関節の影響を考慮し,チルトテーブルによる足関節可動域訓練。また反張膝の矯正を目的とした装具療法,歩行訓練をプログラムとして考えた. 装具は反張膝が強いため,当初は膝装具での矯正を試みた.装具はCBブレースの反張膝用を使用し,その際には歩行時の反張膝矯正は可能であったが, 歩行中の装具のズレにより、膝関節と装具の運動軸が合わず、遊脚期の膝関節屈曲困難のため歩行自体が行えず,適応できなかった.
そのため,両側金属支柱靴型短下肢装具(以下SLB)での矯正を試みた.この装具では,反張膝の矯正も可能であり,かつ立位保持も短時間であれば可能であったため,SLB処方となった.処方内容は,立位,および歩行時の両立脚期の外側への転倒傾向があることから外側フレアと軽度の外側ウェッジを追加し,両足に作製した.
【説明と同意】
発表にあたり症例および家人には口頭で十分に説明し,了承を得た.
【結果】
リハ開始より,歩行訓練を中心にリハを継続した結果,T-cane歩行が可能となり,自宅退院となった.
【考察】
当院では,脳卒中片麻痺などに起因する痙性片麻痺に伴う反張膝には,立脚時の膝折れが生じないため装具の可撓性,現症の変化にも対応できることを考慮し,SLBの処方を行っている.しかし,CMTなどの末梢神経障害による強度な反張膝に関しては,SLBでの矯正が困難なことが多く,膝装具での対応を行っている.今回SLBにおいて良好な結果を得られたのは,感覚障害が軽度で,大腿四頭筋,ハムストリングスの筋力が保たれていたことから,立脚期中に膝関節屈曲位の保持が随意的に可能であったためと考えられた.また,症例自身が反張膝改善に意欲的であり,装具変更時の違和感についても,我慢強く慣れるまで歩行訓練を継続したことが結果に繋がったとも思われる.
【理学療法学研究としての意義】
症例に適した装具処方には,現症と機能障害を注意深く熟慮する必要性がある.