抄録
【目的】高齢者の運動機能低下は加齢そのものによる影響のほかに、日常身体活動量の低下による廃用性の低下もみられることが指摘されている。日常身体活動量の評価には歩数や問診によって評価したものが多く、実際にどれくらいの時間歩行しているか、あるいはどれくらいの時間立位姿勢で活動しているかというような生活活動パターンと運動機能との関連を調べた研究はみられない。そこで本研究は施設入所高齢者の生活活動パターンを評価し、日中の立位・歩行時間がどのような運動機能と関連しているかについて明らかにすることを目的とした。
【方法】歩行が自立している施設入所高齢者15名(男性2名、女性13名、平均年齢82.7±7.7歳)を対象とした。
生活活動パターンはActivity Monitoring and Evaluation System;A-MES(ソリッドブレインズ製)を用い、大腿部と胸骨部に固定した2つの3次元姿勢・加速度センサーから得られたセンサー信号のDC成分およびAC成分から専用ソフトによって姿勢・動作状態を評価した。測定時間は日中の6時間(10:00~16:00)とし、6時間のうちの歩行動作、立位、座位、臥位の各姿勢・動作の総時間および最大連続時間を測定した。また同時に3軸加速度センサーによって歩数を測定した。運動機能として下肢筋力(膝伸展筋力)、バランス能力(開眼片脚立位保持時間、ファンクショナルリーチ、ラテラルリーチ、静止立位時の重心動揺)、柔軟性(長座体前屈)、敏捷性(ステッピング)について評価した。膝伸展筋力は徒手保持型マイオメーターを用いて膝関節屈曲90度位での最大等尺性筋力を測定した。ファンクショナルリーチおよびラテラルリーチは立位で利き手側上肢を最大限前方および側方にリーチできた距離を測定した。ステッピングは立位でできるだけ速く足踏みをさせたときの5秒間の足踏み回数を計測した。
各項目間の関連を分析するためにpearsonの相関係数を求め、有意性の検定を行った。
【説明と同意】すべての対象者に本研究の目的を説明し、同意を得た。
【結果】日中6時間のうちの歩行動作の総時間は61.8±29.4分(17.2%)、立位姿勢保持の総時間は29.3±25.8分(8.1%)、座位姿勢の総時間は200.5±75.3分(55.7%)、臥位姿勢の総時間は68.5±70.9分(19.0%)、歩行動作の最大連続時間は5.7±6.5分、立位姿勢の最大連続時間は2.7±1.8分、歩数は1974±2135歩(460~8052歩)であった。なお、歩数と歩行動作や立位姿勢の総時間との間には相関がみられなかった。
生活活動パターンと運動機能との関連について、歩行動作の総時間は片脚立位保持時間(r=0.78)およびステッピング(r=0.53)とのみ有意な相関が認められた。歩行の最大連続時間(r=0.67)および歩数(r=0.54)は膝伸展筋力とのみ有意な相関が認められた。立位姿勢の総時間は片脚立位保持時間(r=0.67)とのみ有意な相関が認められたが、立位姿勢の最大連続時間はいずれの運動機能項目とも相関はみられなかった。
【考察】本研究の結果、日中に歩行している時間は17.2%、立位姿勢を保持している時間は8.1%と、施設に入所している虚弱高齢者においては日中でも身体活動量が少ないことが明らかとなった。一般的に高齢者の身体活動量の評価には歩数が用いられることが多いが、虚弱高齢者においては長距離歩行できなくても長時間歩行している、あるいは立位姿勢を保持しているだけでもその意義は大きい。本研究において歩数と歩行動作・立位姿勢の総時間とは相関がみられなかったことから、歩数だけでなく歩行している時間や立位姿勢での活動時間も評価する必要性が示唆された。また、歩行動作の最大連続時間および歩数は膝伸展筋力と相関が認められたことより、日中の歩数や長時間連続して歩行しているかどうかは、運動機能のなかでも下肢筋力が関連していることが示唆された。一方、歩行動作および立位姿勢の総時間は片脚立位保持時間やステッピングと有意な相関がみられた。このことから、ゆっくりと休憩しながらでも長時間歩いたり立位姿勢で活動しているかどうかには、下肢筋力ではなく、バランス能力や敏捷能力が関連していることが示唆された。
【理学療法学研究としての意義】運動機能が低下している高齢者は、日常身体活動量の低下を引き起こし、この活動量低下によってさらに廃用性の運動機能低下を招くという悪循環を引き起こすことが多い。本研究の結果、虚弱高齢者におけるこの悪循環を断ち切るためには、筋力だけでなくバランス能力や下肢の敏捷能力の維持向上も重要であると考えられた。