抄録
【はじめに、目的】 歩行の安定性は、多関節の協調した運動によって成立している。高齢者においては、筋力低下や関節可動域制限など多様な身体機能低下の影響によって、歩行中の協調的な関節運動が減少する。この協調的な関節運動の減少は、歩行を不安定にし、転倒を引き起こすと考えられる。しかしながら、高齢者における歩行分析では、歩行の不安定性に多くの要因が影響を与えるため、個々の要因を客観的に分析することは困難である。今回、高齢者の歩行における不安定性を理解するために、健常者を対象に関節運動制限を行った歩行を分析することで、膝および足関節が歩行の安定性にどのような役割を持っているのかを検討した。 【方法】 対象は健常男性10名(年齢25±4歳、身長1.73±0.04m、体重60.9±6.0kg:平均値±標準偏差)とした。関節運動制限は、1)通常歩行、2) 両側膝運動制限(以下、両膝制限)、3)両側足運動制限(以下、両足制限)の3条件とした。関節運動制限は、装具を用いてそれぞれ足関節底背屈0°、膝関節伸展0°とした。課題は速度60m/minの歩行をトレッドミル上で行った。測定順は1)2)3)とし、十分な練習後に計測した。 歩行の安定性の指標として、体幹加速度から得られる変動性を用いた。体幹加速度の測定には小型無線加速度計(ワイヤレステクノロジー社)を使用した。加速度計は第三腰椎棘突起部に弾性ベルトで固定し、サンプリング周波数60Hzで記録した。歩行周期は前後加速度のピーク値に基づき特定し、定常歩行10周期分の加速度データを用いた。1歩行周期時間を100%として正規化した後、体幹加速度の変動性を求めるため、歩行周期間における加速度波形の変動から標準偏差の平均値を算出した 。今回は、歩行の安定性を三次元的に評価するために前後、上下、左右の3方向のデータを用いた。また右踵部にフットスイッチを貼付し、重複歩幅を算出した。 統計解析は、関節運動制限が歩行安定性に与える違いを検討するために、それぞれの方向において、一元配置反復測定分散分析と多重比較法(Tukey-Kramer法)を用いて検定した。 さらに、関節運動制限が影響しやすい方向を検討するため、 各方向において通常歩行との差を求め、両膝制限と両足制限それぞれで方向の差について、上記と同様の検定を行った。有意水準は5%とした。【倫理的配慮、説明と同意】 所属機関の倫理審査会で承認後、全対象者に十分に研究内容を説明し、同意を得た。【結果】 両膝制限および両足制限は、通常歩行と比較して、前後、上下、左右すべての方向で、体幹加速度の変動性が有意に増加し、不安定性が増大した。また、両膝制限は、両足制限と比較し、前後、左右方向で有意に不安定性が増大した。 関節運動制限が影響しやすい方向は、両膝制限において、上下方向が前後および左右方向と比較し、有意に高値を示し、上下方向における変動性に強く影響を与えていた。両足制限においては、上下方向が左右方向と比較して、有意に高値を示し、上下方向における変動性に影響を与えていた。 一方で、 重複歩幅においては、すべての歩行で有意差を認めなかった。【考察】 両膝運動制限および両足運動制限は、3方向すべてにおいて、歩行の不安性を増大させ、その影響は上下方向において著明であった。さらに、両膝運動制限は、両足運動制限よりも前後および左右の不安定性をさらに増大させていた。これらの結果から、歩行の安定性には特に膝関節機能の影響が大きく、膝関節運動制限は歩行を不安定にし、転倒リスクを高める可能性が示された。 足関節と膝関節の協調した運動は、歩行中の上下運動を制御するために重要である(Perry,1992)。荷重応答期では、足関節底屈運動を伴う膝関節屈曲運動が生じ、その後に足関節背屈運動を伴う膝関節伸展運動によって、重心の急激な上下位置の変化が制御され円滑な運動が可能になる。そのため、足関節と膝関節いずれか一方が制限されると、協調した運動が困難になり、特に上下方向における不安定性が増大したと考えられる。また両膝関節制限は、前後および左右の方向で両足関節制限より不安定性が増大した。これは、伸展位に保持されることで、遊脚相での下肢振り出しが困難になるため、体幹や両股関節よる代償動作が生じ、不安定性を増大させるためと推察される。【理学療法学研究としての意義】 連続した歩行周期間における歩行パラメータの変動は、転倒の発生との関連が報告されている。今回、関節運動制限が歩行不安定に及ぼす影響について、体幹加速度の変動性から明らかにした。