抄録
【はじめに、目的】 ロボットスーツHAL福祉用(以下,HAL)は,体に装着することにより,身体機能を拡張,増幅,強化する当社(CYBERDYNE株式会社)が開発した世界初のサイボーグ型ロボットである.HALは,下肢の主要な筋に電極を貼付し,動作時に発現した微弱な生体電気信号をもとに,股・膝のパワーユニットを制御することで,歩行動作を支援する.2011年10月現在,国内外の医療福祉施設113か所において約256台のHALが稼働しており,リハビリテーション分野で,歩行支援ツールとして期待されている.我々は,HALおよび運用技術の開発・策定を目的に,HALFITという種々の障害者にHALを用いたトレーニングを提供する新しい施設を運営している.今回は,当該施設においてHALを用いた歩行トレーニングを実施し,歩行能力の変化が見られた脳卒中左片麻痺症例についてHALが身体に及ぼす影響について検討したので報告する.【方法】 対象は,2010年1月17日に脳出血発症し,左片麻痺(Brs.stage下肢III)を呈した49歳の女性である.発症後9ヶ月間リハビリテーション病院にて理学療法施行され退院,自宅改修準備のため1ヶ月間老人保健施設に入所後,2010年10月より在宅生活となった.2週間に1度入院していたリハビリテーション病院で理学療法を継続し,週に2度訪問リハビリテーションでマッサージ師の下肢マッサージを継続している.当該施設でのトレーニングは,退院後1ヶ月経過した2010年11月14日より,週に1度30-40分HAL装着下で平行棒内歩行より開始した.毎回HAL装着前後に10m歩行テストを実施し,歩行時間,歩幅,歩数を計測し経過観察した.また,HAL装着下での平行棒内歩行中のデータとして,HAL専用靴の足底に内蔵されている床反力センサーの研究データを使用した.床反力センサーは,サンプリング周波数100Hzで,一側下肢全体にかかる荷重圧,足部前方,後方にかかる荷重圧の,初回装着時と装着3回目のトレーニング中の変化を観察した.【倫理的配慮、説明と同意】 ロボットスーツHAL装着にあたり,本研究の趣旨に関する説明を十分に行い,書面にて同意を得た.【結果】 装着前10m歩行時間は,初回85.00秒,3回目59.53秒とHALを使用したトレーニングにより顕著な短縮を認めた.また装着前後においても歩行時間の顕著な短縮を認め,初回では装着前85.00秒から装着後61.52秒と23.49秒の顕著な短縮を認めた.さらに,装着前歩数および歩幅は,初回53歩,18.87cmから3回目43.5歩,22.99cmと歩数減少と歩幅拡大を認め,装着前後比較では,初回53歩,18.87歩からトレーニングにより43歩,23.26cmと顕著な変化を示した.床反力センサーの一側下肢全体の荷重圧は,初回麻痺側では,非麻痺側に比し半分程度の荷重圧となり麻痺側下肢への荷重が不十分であった.それに比し3回目は,非麻痺側と麻痺側の荷重に差を認めなくなり,麻痺側への荷重増大を認めた.また,麻痺側足部前方の荷重圧は,初回に比し3回目に顕著な増大を認めた.さらに,非麻痺側下肢においても,同様の変化が認められた.【考察】 本症例は,HAL装着トレーニングにより非麻痺側,麻痺側ともに足部前方荷重圧の顕著な増大を認めた.これは,HALが装着者の生体電気信号をもとに,歩行時蹴りだしの動作を支援した可能性を示唆する.先行研究では, 片麻痺歩行の特徴として,麻痺側,非麻痺側共に健常者に比べ立脚後期の股関節伸展角度が小さいとされている.これに対し,理学療法では,歩行時蹴りだしを意識したトレーニングなどを実施することが多いが,HALを使用した歩行トレーニングによっても,同様の変化を装着者に与える可能性が示唆された.また,HALが麻痺側のみならず非麻痺側にも同様の変化をもたらし,HALにより麻痺側の支持性をも支援したことが,麻痺側下肢全体の荷重圧を顕著に増大したと考えられる.HALは,装着者の意思に応じた微弱な生体電気信号によって駆動され,それと同時に装着者の身体を動かすことになるため,理学療法トレーニングと類似した変化を身体に与える可能性が示唆された.今後は,関節トルク,重心位置などのより詳細な検討が必要である.【理学療法学研究としての意義】 近年ロボティクス技術の発展に伴い,不全脊髄損傷者や脳卒中片麻痺者での歩行練習にロボットが使用され,その効果が報告されている.これらの新しい技術が,身体に及ぼす影響について検証することは,理学療法領域における新たな治療技術を模索するうえで重要と考える.