抄録
【はじめに、目的】 近年、脳卒中や脊髄損傷後などの下肢機能障害や歩行障害に対するリハビリテーションにおいて、数種類のロボットが臨床で使用されており、歩行機能改善に向けた治療介入としての有用性が報告されている。しかし、従来の歩行支援ロボットの多くは、Treadmillや体重免荷装置などを備えているため、設備が大きく、操作も煩雑であることが問題点として挙げられる。本田技術研究所により近年開発されている「リズム歩行アシスト」(以下歩行アシスト)は屋外での使用も可能な腰部に装着する歩行支援ロボットである。歩行アシストは約2kgと軽量であり、歩行比(歩幅を歩調で除した値)を制御しながら股関節の屈曲と伸展をアシストする。しかし、この歩行アシストにより得られる効果について、詳細な検討は行われていない。GottschallらはTreadmill上で遊脚側下肢を体重の10%の力で前方へ引くアシストを行うと、酸素摂取量と股関節屈曲筋の筋活動が減少したと報告している。歩行アシストによる股関節屈曲アシストでも同様の効果が生じる可能性があり、本装置を使用することにより、健常者において歩行効率を向上させることが出来るかどうかを明確にすることは、有疾患者へと効果的に適応させるための基礎的資料として非常に重要である。本研究の目的は、呼気ガス分析を用いて、健常者における歩行アシストによる歩行効率への影響を明らかにすることである。【方法】 対象は若年健常者10名(平均年齢24.4±3.5歳、男性5名、女性5名、平均体重57.3±10.1kg)とした。アニマ社製携帯型呼気ガス分析計エアロソニックAT-1100を使用し、座位における安静時、歩行時の酸素摂取量(以下VO2)(ml/min/kg)、心拍数(以下HR)(回/min)を測定した。測定条件は歩行アシストによる股関節屈曲・伸展アシスト量を0Nm(アシストなし)、3Nm(アシストあり)の2条件にて、快適歩行速度と最大歩行速度で測定を行った。測定は屋内に1周40mの歩行路を設置し、各条件にて5分間平地歩行を行わせた。測定順序は疲労による影響を考慮し、快適歩行速度の2条件から測定した後、最大歩行速度条件を測定した。各歩行速度でのアシスト量の順序は無作為とし、被験者にはアシストの有無を知らせずに盲検化を行った。各歩行前には10分間座位での休憩を行い、後半5分を安静時の呼気ガス値として測定を行った。安静時、歩行時の後半2分間の呼気ガス値の平均値を算出し、VO2とHRの歩行時から安静時の値を引いた値を解析対象とした。歩行後半2分間の歩行距離を測定することで歩行速度(m/min)を算出し、VO2とHRを歩行速度で除した値をそれぞれVO2コスト(ml/kg/m)、HRコスト(回/m)として算出した。統計処理は、アシストの有無による歩行速度の比較を対応のあるt検定を用いて検討した。VO2、HR、VO2コスト、HRコストに対して、アシスト量と歩行速度の2条件における反復測定二元配置分散分析を行い、本研究の有意水準は5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 研究者、共同研究者と利害関係を持たないボランティアを募り、測定方法および本研究の目的を説明し、同意を得た後に行われた。【結果】 快適歩行速度、最大歩行速度ともにアシストの有無で歩行速度に有意差は生じなかった。歩行速度が増加すると、VO2、HR、VO2コスト(p<0.001)、HRコスト(p<0.05)が有意に増加した。また、アシスト量が増加すると、VO2、HR、VO2コスト、HRコスト(p<0.05)で有意な減少が得られた。VO2では2条件による有意な交互作用が認められ(p<0.05)、アシストなしと比較してアシストありでは、VO2は快適歩行速度では約8%、最大歩行速度では約10%減少していた。【考察】 アシスト量が増加すると、VO2コスト、HRコストともに有意に減少したことから、健常者において歩行アシストにより歩行効率が向上することが示された。DanielssonらによるとTreadmill歩行時に30%の体重免荷を行うとVO2に9%の減少率が得られたと報告されており、今回の歩行アシストによる3Nmの股関節屈伸アシストでは、同程度の歩行効率の向上が得られたことが示唆された。また、今回の結果では、特に最大歩行速度での歩行効率向上が大きいことが考えられる。今後の研究において、健常者よりも歩行効率が低下している有疾患者に対して、歩行アシストにより得られる効果を歩行効率のみでなく、運動学的変化や介入効果など詳細に検討していく必要がある。【理学療法学研究としての意義】 従来の歩行補助装置と比較し、軽量で設備の必要もないリズム歩行アシストを、有疾患者に対して効果的に適応するための基礎研究として、健常者において呼気ガス分析による歩行効率の変化を検討し、歩行効率の向上が得られたことである。