理学療法学Supplement
Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
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一般演題 口述
健常高齢者における起立・着座動作の運動学的および筋電図学的解析
─床上動作と椅子動作の比較─
佐々木 和宏神先 秀人
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p. Aa0143

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抄録

【はじめに、目的】 本研究の目的は,高齢者における身体機能の維持を図る上で和式生活の意義を検討するために,椅子への着座・起立動作と床への着座・起立動作の差異を,体幹・下肢の筋活動および運動学的観点から明らかにすることである.【方法】 床上における着座・起立動作を日常的に行っている高齢者15名(男性10名,女性5名;年齢74±5歳)を対象とした.計測には三次元動作解析装置,表面筋電計,床反力計を用いた.各被験者には三次元計測に使用する赤外線反射マーカーを身体の35箇所(plug in gait全身モデル)と,筋電図測定のための電極を右側第4腰椎レベルの腰部脊柱起立筋,外側広筋,大腿二頭筋,前脛骨筋,腓腹筋外側頭に貼付した.動作は椅子への着座・起立動作と,3種類の床への着座・起立動作 (床上動作)の合計4種の課題を行った.床上動作は1.四つ這い位を経由する,正座から立位,2.しゃがみ位を経由する,長座位から立位,3.片膝立ち位を経由する,正座から立位の3課題である.各試行より動作時間,運動学的データとして3方向における重心移動の軌跡,股関節,膝関節,足関節の屈伸(底背屈)角度,腰椎の前後屈角度,体幹の傾斜角度を,筋電図学的データとして平均筋電位,最大筋電位,筋積分値を算出した。また,得られた1回の着座・起立動作における筋積分値を歩行時の筋積分値にて除し,歩数へと換算し1日の活動量に対する影響を考察した.統計処理は各パラメータの3回の平均値を用いて,反復測定分散分析および多重比較検定を行い,各条件間で比較した.有意水準は5%とした.【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は山形県立保健医療大学倫理委員会の承認を得ている.また被験者には測定前に研究の目的や方法について説明し,文章にて同意を得た【結果】 全ての床上動作は椅子動作と比較し,動作時間が有意に延長した.重心移動幅に関して,側方移動幅は全ての床上動作,前後移動幅は四つ這い位としゃがみ位経由の床上動作が椅子動作と比較し有意に大きな値を示した.矢状面の関節運動範囲に関しては,体幹,膝関節,足関節において,床上動作が椅子動作と比較し高い値を示した.筋活動に関して,平均筋電位は,四つ這い位経由の床上動作時の脊柱起立筋と外側広筋が椅子動作と同程度であり,しゃがみ位経由の床上動作時の脊柱起立筋と外側広筋は有意に減少していた.最大筋電位および筋積分値,筋活動量を歩数に換算した値は,3種類の床上動作における全被験筋の値が椅子動作より有意に大きい値を示した.特に片膝立ち位経由の床上動作が最も高い値を示し,歩数への換算値においては椅子動作の歩数換算値がそれぞれ脊柱起立筋9.2歩,外側広筋14.8歩,大腿二頭筋5.1歩,前脛骨筋8.7歩,腓腹筋3.2歩であり,片膝立ち位経由の床上動作における歩数換算値は,脊柱起立筋25.0歩,外側広筋37.2歩,大腿二頭筋28.5歩,前脛骨筋27.2歩,腓腹筋20.0歩と椅子動作と比較し有意に多い歩数となった.【考察】 本研究の結果より,床上動作は椅子動作と比較し大きな重心移動や,体幹・下肢関節可動域を必要とすることを示された。 特に床上動作は椅子動作と比較し,膝関節伸筋だけではなく足関節底背屈筋のより大きな筋活動を必要とすることがわかった.前脛骨筋を含めた足関節背屈筋の低下は膝伸展筋と同様,転倒の危険因子として挙げられていることから,床上動作の継続が転倒予防の運動学的一要因として有効である可能性が示唆された.また,下腿三頭筋を含めた足関節底屈筋の低下は歩行速度の低下と有意に相関があるとされており,床上動作の継続が,歩行速度の維持に貢献できる可能性があると考えられた.したがって,床上動作を高齢者の生活パターンの一部として取り入れることは,椅子動作のみの生活パターンと比較し,高齢者における関節可動域や筋力,バランス機能の維持に有効である可能性が示唆された.但し、加齢による身体機能低下により,動作時における転倒の危険性増加や,関節に過度の負担を強いるといったリスクも考えられる.また,個人の精神的価値観,社会的価値観,環境因子も影響するため,今後それらの要因を含めた,床上動作継続の意義を検討する必要があると考えられた.【理学療法学研究としての意義】 日常での生活レベルや運動機会の維持が身体機能低下の予防に重要であると考えられる.そして,これらの活動量の比較を生活全体の中で行う必要があると思われる.本研究ではこの比較を起居動作に限定して行った.その結果,床上動作が椅子動作よりも多くの筋活動,体幹・下肢関節運動範囲,重心移動幅を必要とすることが明らかになった.このことにより,和式生活を維持することの意義を運動学的に説明することができたと考える.

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© 2012 公益社団法人 日本理学療法士協会
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