抄録
【目的】 進行期または末期の変形性股関節症患者では,日常生活で痛みの回避や歩行の安定性を得るために杖の使用を余儀なくされる.一方,人工股関節置換術(以下,THA)術後で股関節痛が改善すると,独歩(杖などの歩行補助具を使用しない歩行)の獲得や歩容の改善を目標に,運動療法に取り組むことが多い.片麻痺や大腿骨頸部骨折後の症例では,日常生活での移動手段に関連する運動機能や移動手段を判別できる明確な基準値が明らかとされており,より適切かつ根拠のある目標設定が可能となっている.しかし,THA術後の日常生活における移動手段に関わる因子を詳細に検討した報告は少なく,不明な点が多い.そこで,本研究の目的は,THA術後6ヶ月の日常生活における移動手段に関わる因子ならびに移動手段を判別できるカットオフ値を明らかとすることである.【方法】 対象は片側変形性股関節症により初回THAを施行され,術後6ヶ月が経過した72名(男性15名,女性57名,年齢:60.1±11.8歳,BMI:22.6±3.3kg/m2)とした.手術方法は全例前外側アプローチ方法であり,術後の理学療法は当院のプロトコールに準じて行い,術後4週で退院となった.THA術後6ヶ月における術側の下肢運動機能として,股関節痛,股関節屈曲の関節可動域,股関節外転筋力,膝関節伸展筋力,脚伸展筋力を測定した.股関節痛は日本整形外科学会の股関節判定基準の点数,股関節屈曲の関節可動域はゴニオメーターを用いて測定した.また,股関節外転筋力は徒手筋力計(日本MEDIX社製),膝関節伸展筋力および脚伸展筋力はIsoforce GT-330(OG技研社製)により等尺性筋力を測定した.股関節外転と膝関節伸展筋力値はトルク体重比(Nm/kg),脚伸展筋力は体重比(N/kg)にて算出した.さらに,THA術後6ヶ月での移動手段を調査し,日常生活において杖を使用していない症例(以下,A群)と,杖を使用している症例(以下,B群)の2群に分けた.統計処理には,各測定項目の2群間の比較は,カイ2乗検定,対応のないt検定,Mann-WhitneyのU検定を用いた.また,2群間で有意差を認めた項目を説明変数,THA術後6ヶ月の移動手段を目的変数としたロジスティック回帰分析を行った.さらに,ロジスティック回帰分析により有意な項目として選択された要因については,ROC曲線を用いてTHA術後6ヶ月の杖使用の有無を最適に分類するカットオフ値および感度と特異度を求めるとともに曲線下面積(以下,AUC)を算出した.なお,統計学的有意基準は5%未満とした.【説明と同意】 本研究は京都大学医学部の倫理委員会の承認を受け,各対象者には本研究の趣旨ならびに目的を詳細に説明し,研究への参加に対する同意を得て実施した.【結果と考察】 両群の割合はA群41名(56.9%),B群31名(43.1%)であった.年齢は,A群56.3±11.5歳,B群65.1±10.5歳であり,B群がA群と比較して有意に高い値を示した.性別,BMI,股関節痛,股関節屈曲角度に関しては,両群間で有意差を認めなかった.また,下肢筋力に関しては,股関節外転筋力はA群0.76±0.20(Nm/kg),B群0.58±0.21(Nm/kg),膝関節伸展筋力はA群2.11±0.62(Nm/kg),B群1.54±0.50(Nm/kg),脚伸展筋力はA群11.16±3.88(N/kg),B群6.11±1.87(N/kg)であり,全ての下肢筋力はB群と比較してA群のほうが有意に高い値を示した.ロジスティック重回帰分析を行った結果,THA術後6ヶ月での杖使用の有無に関わる因子として年齢と脚伸展筋力が選択された.さらに,年齢のROC曲線より求めたカットオフ値は67.5歳(感度51.6%,特異度87.8%)であり,AUCは0.70であった.また,脚伸展筋力のROC曲線より求めたカットオフ値は8.07(N/kg)(感度87.1%,特異度82.9%)であり,AUCは0.92であった.以上から,THA術後6ヶ月における杖使用の有無に関わる最も重要な評価項目は脚伸展筋力であることが明らかとなった.さらに,THA術後6ヶ月における脚伸展筋力が8.07(N/kg)以上の症例は,術後6ヶ月の日常生活において杖が不要となる可能性が高くなることが示された.【理学療法学研究としての意義】 本研究の結果は,THA術後の運動療法を実施していくためのより適切かつ根拠のある目標設定のために有用な情報であり, 理学療法学研究として意義のあるものと考えられた.