抄録
【はじめに、目的】 現在の医療は、受傷後の治療だけでなく予防に関して運動能力・生活環境など様々な部分が注目されている。特に転倒予防対策は、高齢者に対してさまざまな取り組みが行われている。その中でも足趾把持力は、年齢別の筋力の推移や足趾把持力とバランスの関連について、成人を対象とした動的姿勢制御についての研究が多くみられる。足趾把持力は高齢者に低下が著しいといわれているが、動的バランスとの関連を高齢者対象に検討されていることは少ない。足趾把持力と高齢者のバランスとの関連を検討することは重要であると考える。本研究の目的は、地域高齢者の健康増進や転倒予防を促すため、足趾把持力とバランス能力の関連を明らかにすることである。高齢者の足趾把持力と前方リーチ距離との関係を分析し、高齢者のバランス能力について検討する。【方法】 対象は、埼玉県M町在住でシルバーセンターに登録している地域在住高齢者50名(平均年齢69.9±4.6歳(61~80歳)、男性37名、女性13名)である。バランス能力に関連のある項目である、膝伸展筋力、片脚立ち時間、足趾把持力、functional reach test(FRT)を二つの条件で計測(以下FTR条件a:足趾把持可、FRT条件b:足趾把持不可)、10m最大歩行時間(10m歩行)、Time Up and Go test(TUG)、身長、体重を計測した。なお、足趾把持力の測定は、竹井機器製の足趾筋力測定器T.K.K.3360(以後、足趾把持力計)を用いた。統計処理は、膝伸展筋力、片脚立ち時間、足趾把持力、FRT条件a、FRT条件b、10m歩行、TUG、身長、体重のそれぞれの関連をピアソンの相関係数を用いた。FRT条件aとFRT条件bのFRT値については、t検定を用いた。FRTに関連する因子として、従属変数をFRT条件aとし、独立変数をバランス能力に関連のある項目である、年齢、膝伸展筋力、片脚立ち時間、足趾把持力、TUGとし、重回帰分析を用いた。なお、統計学的解析は、SPSS Ver18を用い有意水準は5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は、埼玉医科大学医療保健学部倫理審査委員会の承認を得て実施した。【結果】 FRT条件aの平均は、34.4±5.7cm(男性35.3±5.8cm、女性31.7±4.5cm)であった。FRT条件bの平均は、30.2±5.1cm(男性31.0±5.2cm、女性27.9±4.2cm)であった。各測定項目間にみられる相関は、FRT条件aと10m歩行(r=-0.47,p<0.05)に有意な負の相関を認めた。また、FRT条件aと膝伸展筋力と(r=0.56,p<0.05)、FRT条件aと足趾把持力左右平均(r=0.44,p<0.05)に有意な正の相関を認めた。FRT条件aとFRT条件bはt検定の結果、有意差(p<0.05)を認めた。従属変数をFRT条件aとした、重回帰分析による検定では、標準化重回帰係数βにて足趾把持力0.445にのみ有意な結果を認めた(R2=0.198,p<0.05)。【考察】 半田らは、足趾把持力は重心の位置を積極的に変化させるような場合における立位の平衡調整能力に関与すると述べている。足趾把持力は筋力指標とされる握力と比べ、加齢の影響を受けやすいという報告が行われている。また、片脚立ち時間・上肢前方到達距離・歩行速度・歩幅等に関連すると報告されているが、これらの検討は成人や若年者を対象としておこなわれている。そのため本研究では、加齢の影響を受けやすい足趾把持力は、高齢者のバランス能力低下に関係するのではないかと考え、地域在住高齢者を対象として足趾把持力とFRTを用いて前方リーチの関係を検討した。その結果、FRT条件aと足趾把持力に関係を認めることができ、重回帰分析においても足趾把持力が関連を認めることができた。また、足趾把持をできる状態にあるFRT条件aの方がFRT条件bに比べ高い数値となり、両者に有意な差を認めた。前方リーチは、今回の地域在住高齢者において足趾把持力が相関し、FRTによる前方リーチに足趾把持力が影響すると考えた。したがって、地域在住高齢者において足趾把持力の低下が前方リーチ能力の低下に関連することが示唆された。足趾把持力は立位におけるバランス能力にとって重要な位置づけをしめていると考える。また、高齢者の活動性維持や転倒予防の視点においても、歩行能力や膝伸展筋力の低下を評価するとともに、足趾把持力に対する評価の重要性が必要であると考える。【理学療法学研究としての意義】 足趾把持力は、高齢者特有の姿勢により重心が変位し、足趾を使用する機会が減少するため、足趾把持力低下を伴う可能性がある。足趾把持力とバランス能力についての検証は、高齢者において転倒予防や転倒予防のトレーニング内容の検討に繋がると考える。