理学療法学Supplement
Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
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一般演題 口述
脳卒中片麻痺者の不整地歩行における麻痺側下肢遮蔽の影響
─歩行中の視覚運動制御の検討:第3報─
吉田 啓晃中山 恭秀安保 雅博樋口 貴広
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キーワード: 脳卒中片麻痺, 歩行, 視覚
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p. Aa0160

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抄録

【目的】 第46回全国学会にて,平地路面において下方を向きながら歩く脳卒中片麻痺者は,麻痺側下肢を遮蔽した場合に歩行速度や体幹動揺に影響があり,麻痺側下肢を視野に入れて歩いている可能性があることを報告した.本研究では平地路面よりも難易度の高い不整地路面において,下肢視覚情報遮断が歩行能力に及ぼす影響を検討した.仮説として,歩行難易度が上がることで足もとの視覚情報の重要性が高まるため,下肢視覚情報遮断がもたらす悪影響がより顕著になると予想した. 【方法】 対象は,脳卒中片麻痺者12名(男6女6,60.9±10.4歳)と健常者7名(男4女3,57.5±2.3歳)とした.片麻痺者は,介助なしに歩行できる者とし,高次脳機能障害を有する者は除外した.内訳は,脳梗塞9例,脳出血3例,右麻痺7例,左麻痺5例で,発症からの期間は平均1062.5±901.4日であった.対象者は,麻痺側下肢の視覚情報を遮断するための遮蔽板を装着し,平地路面(10m)と不整地路面(6m)をできるだけ速く歩行した.その際,第3腰椎部に3軸加速度計を取り付けた.遮蔽には,上前腸骨棘の高さに長方形の紙(横15cm縦20cm)を取り付けた.不整地路面として,フィットネスマット(Airex社製)を床に敷いた.路面要因2水準,下方遮蔽板装着要因2水準の全4条件を各3回,計12試行おこなった.従属変数は,歩行速度及び加速度計から得られた動揺性指標とした.動揺性指標は,10歩行周期分のデータから3軸加速度各成分のRoot Mean Squareを求め,歩行速度の2乗で除した値を用いた.いずれの従属変数も3試行の平均値を求めた.また,床面に対する頭部ピッチ角をビデオ画像より算出した. 解析は,片麻痺者について平地遮蔽なし条件の頭部ピッチ角より下向き群(-10°以下)及び前向き群(-10°より上)に分類した.各群の歩行時の頭部ピッチ角について,路面間の変化を二元配置分散分析にて比較した.各群の路面・遮蔽要因間の歩行速度,体幹動揺の変化は,群内で標準化(z変換)した後,三元配置分散分析(群×路面×遮蔽条件)にて比較した.【説明と同意】 当大学倫理委員会の承認を受け,対象者に目的・方法を説明した後,同意を得て施行した.【結果】 頭部ピッチ角の平均(平地/不整地)は,下向き群(4名)は-11.7±0.8°/-17.9±2.4°,前向き群(8名)は-3.7±3.0°/-8.9±4.8°,健常群は2.7±0.2°/1.7±0.2°であった.二元配置分散分析の結果,交互作用が有意であり,前向き群および下向き群のいずれも,不整地において頭部ピッチ角が低下していることから(p<.01),下を向いて歩く傾向が強くなったといえる.平地遮蔽なし条件における各群の平均歩行速度は,下向き群0.55±0.23 m/s,前向き群1.20±0.45 m/s,健常群1.93±0.24 m/sであった.群×路面×遮蔽条件の三元配置分散分析の結果,路面に主効果があり歩行速度が低かった(p<.01).また,群×遮蔽条件にのみ交互作用を認めた(p<.01).群を含む要因に交互作用を認めたことから,群ごとに路面×麻痺側遮蔽の二元配置分散分析をおこなったところ,いずれの群にも交互作用は認めず,下向き群のみ遮蔽条件に主効果があり歩行速度が低かった(p<.05).以上より,平地・不整地いずれの路面においても,下向き群のみが麻痺側遮蔽の影響を受け,歩行速度の低下,および体幹動揺の増加が見られた.【考察】 片麻痺者は下向き群のみならず,前向き群も不整地において下を向く傾向を示した.しかし,平地・不整地ともに下向き群のみが下方遮蔽板装着の影響を受け,麻痺側遮蔽時に歩行速度が低下し,動揺性は増大した.このように下を向きながら歩く片麻痺者にとって,麻痺側下肢の視覚情報は必要な情報と言える.つまり,麻痺側下肢の機能低下を視覚により補償していることが推察された.しかし,下向き群の麻痺側下肢遮蔽による影響は,不整地でより顕著になるわけではなかった.本実験で用いた不整地路面は,接地状況や立位での荷重感覚がつかみにくく,主に歩行周期の立脚期に影響を及ぼす課題と考えられる.下向き群にとって,平地および不整地で麻痺側遮蔽による影響が同程度であったということは,必要な視覚情報は立脚に関する下肢の情報ではなく,遊脚の情報と言えるかもしれない.つまり,振り出すタイミングや遊脚中の下肢の動きの情報が必要と推察される.さらに,前向き群においても不整地ではやや下方を向く傾向にあったが,下肢遮蔽による影響はなかった.このような症例にとっては,不整地で下方を向くことの機能的意義は,麻痺側下肢を視覚でとらえるためではなく,路面環境の把握や視覚的定位を得るためと考えられた. 【理学療法学研究としての意義】 片麻痺者が歩行中に下方を向くことがフィードバックあるいはフィードフォワード機構に有益かどうか,機能的意義を見極めることが,具体的な介入方法の提案につながると考える.

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© 2012 公益社団法人 日本理学療法士協会
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