抄録
【はじめに】 バランス能力はわたしたちの行動を支えている重要な身体能力であり、その評価や介入は理学療法士に必須である。バランス能力の評価はBerg Balance Scale(BBS)やTimed Up and Go Test(TUG)などの指標が本邦で広く使用されている。これらは、対象者の継時的な変化や転倒Cutoff値などについて様々な報告がされているが、バランス障害の問題点を明確にし、介入に直接結びつけるには不十分である。Horakら(2009)はバランス障害に対して特異的に介入できるようにバランスを1.生体力学的制限、2.安定限界/垂直性、3.予測的姿勢制御、4.姿勢反応、5.感覚適応、6.歩行安定性という6つの制御システムとして捉えるBalance Evaluation Systems Test(BESTest) を開発した。本研究の目的は、既知のバランス評価や杖使用の有無により対象者を群分けすることで、BESTestが持つバランス制御システムの特性を分析することである。【方法】 対象は入院または通院中に歩行が監視以上であった者73名(男性35名、女性38名、平均年齢70.8±12.4歳)とした。内訳は脳血管障害患者33名、骨折患者28名、脊髄損傷患者8名、切断患者2名、関節リウマチ患者1名、慢性腎不全1名であり、歩行監視18名、歩行自立55名であった。測定項目はBESTest、TUG、BBSとした。対象者をバランス能力別に細分するために、全対象者の中で以下の条件で群分けを行った。[群分け1:TUG] 10秒以下をFast群、10.1~13.5秒をModerate群、13.6~20.0秒をSlow群とした。[群分け2:BBS] 46~50点をLow群、51~56点をHigh群とした。[群分け3:杖の有無]歩行自立者の中で杖なし者をFree群、杖使用者をCane群とした。統計解析は、各群分けの内にてMann-WhitneyのU検定を行い、群分け1の検討では多重比較の際にBonfferoniの不等式にて有意水準を修正した。なお、有意水準は5%とした。【説明と同意】 本研究の趣旨を説明し書面にて同意署名を得た。【結果】 TUGの各群の人数及びBESTest各セクションと合計の中央値は、Fast群35名(1:80.0%、2:85.7%、3:81.0%、4:83.3%、5:93.3 %、6:85.7%、合計82.9%)、Moderate群17名(1:73.3%、2:82.2%、3:69.5%、4:72.2%、5:96.7%、6:71.4 %、合計77.3%)、Slow群13名(1:66.7%、2:77.8 %、3:50.0 %、4:55.6 %、5:80.0%、6:61.9%、合計64.8%)であった。統計解析の結果、Fast-Moderate群間ではセクション6、Fast-Slow群間ではセクション1~6と合計、Moderate-Slow群間ではセクション3と合計で有意差が認められた。BBSの各群の人数及びBESTest各セクションと合計の中央値は、Low群17名(1:70.0%、2:81.0%、3:58.4%、4:69.5%、5:90.0%、6:66.7 %、合計69.9%)、High群41名(1:80.0%、2:85.7 %、3:77.8 %、4:77.8 %、5:93.3%、6:81.0%、合計83.3%)であった。統計解析の結果、セクション1、3、4、6と合計で有意差が認められた。歩行自立者の各群の人数及びBESTest各セクションと合計の中央値は、Free群28名(1:81.8%、2:83.8%、3:79.5%、4:78.0%、5:93.1%、6:82.0 %、合計82.6%)、Cane群24名(1:71.5%、2:85.7 %、3:68.0 %、4:77.1 %、5:92.3%、6:72.8%、合計77.7%)であった。統計解析の結果、セクション3、6で有意差が認められた。【考察】 BESTestの各セクションは、篠原ら(2011)により互いに関連性を有しながらも、それぞれ別の制御システムの評価であることが確認されている。本結果では、BSETestの1、2、4、5のセクションは群分け1のFast-Slow群間のみ、もしくは群分け2において有意差が認められたが、3と6のセクションは最も多くの群において有意差が認められた。このことより、BESTestが持つバランス制御システムは難易度で大きく2つのユニット構造を成している可能性が考えられた。バランス制御の基礎的なユニットに生体力学的制限、安定限界/垂直性、姿勢反応、感覚適応などのシステムが存在し、応用的なユニットに予測的姿勢制御、歩行安定性が存在していると考えることができる。また、本結果は既知のバランス評価とBESTestとの関係から、既知のバランス評価がどのバランス構成要素の問題を示しているのか検討できる可能性も示唆された。本研究の限界は、疾患別に対象者を分類していないことだが、BESTestが疾患特性を示す評価であるのか否かについては今後、検討の必要がある。【理学療法学研究としての意義】 これまでに、バランス能力別に対象者を分類し、その制御システムについて検討した報告は見られなかった。本研究では、BESTestの持つバランス制御システムの特性が明らかになり、それは難易度でユニット構造を成している可能性が示唆された。そのため、本研究は今後、臨床でバランス能力向上を目的とした理学療法介入を選択する際に有意義な知見と考えられる。