理学療法学Supplement
Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
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一般演題 口述
上肢挙上に伴う両側体幹筋のfeedforwardコントロール
─合図の有無による変化─
齋藤 成也菅原 和広徳永 由太渡辺 知子
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p. Aa0167

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抄録

【はじめに、目的】 体幹の動揺を防ぐ姿勢制御メカニズムの一つにfeedforwardコントロールがある.このコントロールは,四肢筋の活動に先行して体幹筋が活動を始めることで,動作による体幹の動揺を防ぎ,脊柱の安定性に重要な役割を果たしているといわれている.また,feedforwardコントロールの発揮は予測の有無により決定され,予測不可能な外乱に対しては当てはまらないことが報告されている.しかし,これらの研究は外部から身体へ外乱を与えるものが多くみられ,自己意志による運動開始時と,視覚誘導性運動時の運動開始時を比較している研究は少ない. また,体幹筋の中で腹直筋はモーメントアームが長く,筋腹が3~4つに分けられるという特殊な形態であり,腹直筋の筋活動を上部線維と下部線維に区別した報告がいくつか存在する.そのため,姿勢制御の際に腹直筋上・下部の筋活動に違いがあるのではないかと考えられる.今回は,(1)上肢挙上時の運動発現要因が,自己の意志による運動と,視覚誘導性運動でのfeedforwardコントロールの違いについて明らかにすることと,(2)腹直筋を上・下部と分類し,両側の体幹筋を計測することで各筋線維の筋活動の特徴を捉えることを本研究の目的とし調査した.【方法】 対象は,神経筋骨格系疾患の既往のない健常右利き男性12名とし,身長は171.7±4.1cm(mean±SD),体重は61.5±5.3kg,年齢は21.3±1.2歳であった.測定筋は三角筋前部線維(Anterior Deltoideus:AD),両側腹直筋上部(Upper Rectus Abdominis:URA)下部(Lower Rectus Abdominis:LRA),両側脊柱起立筋(Erector Spinae: ES)の7ヶ所とした.対象者には,自分のタイミング(自己意志)と光センサーの発光後(視覚誘導性)にそれぞれ右上肢挙上を最大速度で行わせた.得られた筋電図はADの筋活動発現時間を0msとし,各筋線維の筋活動発現潜時を求め,ADの筋電図発現時間との差を算出した.自己意志時と視覚誘導性運動時の筋活動発現潜時の比較については,ウィルコクソン符号付順位和検定を用いた.また,それぞれの条件下での各筋線維間の筋活動発現潜時の比較には二元配置分散分析を行い,事後検定としてTukey-Kramer法を用いた.尚,有意水準は5%に設定した.【倫理的配慮、説明と同意】 対象者に対しては実験前に口頭で本研究の目的及び内容を説明し,同意を得た.【結果】 自己意志時において左ESは-20.3±30.1ms,右ESは52.4±55.3ms,右LRAは141.5±65.6ms,左LRAは190.2±46.8msであった.一方,視覚誘導性運動時では左ESは51.2±29.6ms,右ESは91.1±56.7msであり,右LRAは176.3±61.2ms,左LRAは223.1±21.1msであった.自己意志時と視覚誘導性運動時の比較では,両側ES,両側LRAにおいて,視覚誘導性運動時が自己意志時に比べ筋活動発現潜時が有意に遅延した.各筋線維の筋活動発現潜時の比較においては,右ESが左ESに比べ有意に遅延した.また,左LRA,両側URAは右LRAに比べ有意に遅延した.【考察】 運動プログラミングには,中枢レベルで2つの回路が存在するとされ,基底核・補足運動野を含む内部回路と,運動前野・小脳を含む外部回路に分けられる.Gazzanigaらによると内部回路は自己誘導運動に働き,外部回路は視覚誘導性運動などに働くとされている.本研究において,自己誘導運動は自己意志時の運動に相当し,視覚誘導性運動は視覚刺激により誘発される視覚誘導性運動に相当する.これら2つの運動プログラミングの違いは,行為を意図してから連合皮質を経由し,運動選択の段階で内部回路と外部回路に分かれることである.その後,両回路の伝達は共に運動野に入力され,各筋群に信号を送る.本研究において,視覚誘導性運動時に体幹筋の筋活動発現潜時が遅延していることから,外部回路を経由する運動ではfeedforward コントロールは発揮されにくいことが示唆された. global muscleの活動は運動の方向性と関連し,垂直スタンスを維持するように重心を移動させるとされている.本研究では,右上肢を前方から挙上することで、重心は右前方に動こうとする.そのため,左後方へ重心を加速する力が必要となり,左ESの筋活動が最も早期に起こったと考えられた.また,拮抗する右LRAが左ESと共同して働くことで,脊柱の剛性を高めているものと考えられた.【理学療法学研究としての意義】 視覚誘導性の運動では,自己意志時に比べ体幹筋の筋活動開始のタイミングが遅延した.これは,外部回路を経由した視覚誘導性運動ではfeedforwardコントロールが発揮されにくいことを示唆している.また,feedforwardコントロールは腰痛症患者においても発揮されない症例が報告されている.そのため,腰痛症患者では運動プログラミングの段階から変化が生じていることが考えられ,今後更に調査していく必要があると考えられる.

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© 2012 公益社団法人 日本理学療法士協会
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