抄録
【目的】 日常の臨床では,糖尿病(DM)に罹患した患者が安静臥床や活動性低下により廃用性筋萎縮,筋力低下を呈すると,その後の理学療法において筋力の改善が思うように得られないことを頻繁に経験する.一方,先行研究によれば,DMモデル動物の骨格筋は細胞増殖やタンパク質合成を促進するIGF-1が減少し,さらに,高血糖に伴う血管障害により毛細血管数も減少すると報告されている.IGF-1や毛細血管数の増加は,筋肥大の過程において認められ,廃用性筋萎縮の回復過程においてもこれらの動態は重要な役割を担うものと考えられる.つまり,DMでは高血糖ゆえにIGF-1や毛細血管の動態が通常とは異なり,廃用性筋萎縮の回復が得られにくいのではないかと推測される.しかしながら,この点を明らかにした報告はこれまでなされていない.そこで,本研究ではDMモデルラットを用い,高血糖が不動に伴う廃用性筋萎縮の回復に与える影響を組織化学的ならびに生化学的に検討した.【方法】 実験動物には10週齢のWistar系雄性ラット29匹を用い,そのうち15匹に対してはstreptozotocin(STZ)を投与してDMを人為的に惹起させ(DMラット),残りの14匹には生理食塩水を投与した(正常ラット).そして,STZの投与3日目に血糖値を測定した後,それぞれのラットを,2週間通常飼育を行う通常飼育群(正常ラット,n=4;DMラット,n=5),両側足関節を最大底屈位の状態で2週間ギプス固定を行う固定群(正常ラット,n=5;DMラット,n=5),2週間のギプス固定後にギプスを解除してさらに通常飼育を2週間行う再荷重群(正常ラット,n=5;DMラット,n=5)の3群に振り分けた.実験期間中は,1週間に1回の頻度で血糖値の測定を行った.実験期間終了後,麻酔下で両側腓腹筋を摘出し,右側試料は組織学的解析に,左側試料は生化学的解析に供した.組織学的解析として,凍結連続横断切片を作製し,一部の切片にはミオシンATPase染色(pH 4.5)を施してタイプI・IIa・IIb線維の筋線維直径を計測した.また,一部の切片にはアルカリフォスファターゼ染色を施して毛細血管を可視化,カウントし,筋線維一本あたりの毛細血管数を算出した.また,生化学的解析として,筋試料を均一化した後,ELISA法にてIGF-1含有量を測定した.統計処理には一元配置分散分析を行い,有意差を認めた場合には群間比較のためにFisherのPLSD法を適用した.なお,有意水準は5%未満とした.【倫理的配慮】 本実験は,長崎大学動物実験委員会が定める動物実験指針に基づき,長崎大学先導生命体研究支援センター・動物実験施設において実施した.【結果】 STZ投与3日目には,DMラットの血糖値は正常ラットのそれに比べ有意に高値を示し,これは実験期間を通して継続して認められた.組織学的解析の結果,タイプI・IIa・IIb線維の平均筋線維直径は,正常ラット,DMラットともに通常飼育群に比べ固定群と再荷重群は有意に低値を示し,固定群と再荷重群を比較すると,すべての筋線維タイプとも正常ラットでは再荷重群が有意に高値を示したが,DMラットではこの2群間に有意差は認められなかった.また,筋線維一本あたりの毛細血管数は,正常ラット,DMラットともに固定群と再荷重群は通常飼育群に比べ有意に低値を示し,固定群と再荷重群を比較すると,正常ラットでは再荷重群が有意に高値を示したが,DMラットではこの2群間に有意差は認められなかった.生化学的解析の結果,IGF-1含有量は正常ラットでは固定群に比べ再荷重群が有意に高値を示したが,DMラットではこの2群間に有意差は認められなかった.【考察】 今回の結果,正常ラットでは再荷重によりギプス固定に伴う筋線維萎縮の回復が認められた.そして,再荷重に伴いIGF-1や毛細血管数が増加したことから,これらは廃用性筋萎縮の回復に伴う変化と捉えられる.一方,DMラットでは再荷重を行っても廃用性筋萎縮の回復は得られず, IGF-1や毛細血管数の増加も認められなかった.先行研究において,高血糖状態では筋損傷後の筋線維横断面積の回復が得られ難いという報告があり,これは本研究の結果を支持している.したがって,DMによる高血糖状態で,かつ廃用性筋萎縮を呈した骨格筋は,筋肥大に関わる因子の反応性が正常状態とは異なり,これが筋線維萎縮の回復を妨げる原因になることが示唆された.ただ,高血糖がIGF-1や毛細血管数の動態に影響をおよぼすメカニズムは不明点も多く,今後検討を加えていく必要がある.【理学療法学研究としての意義】 本研究は,高血糖状態では廃用性筋萎縮の回復が得られ難いことを実験的に示したものであり,DMを合併した患者の廃用性筋萎縮に対する理学療法を再考,開発するための基礎データの一つとして意義あるものと考えられる.