抄録
【はじめに、目的】 非侵襲的脳機能測定法には脳磁図(MEG)や脳波および機能的核磁気共鳴画像法,機能的近赤外分光法,陽電子放射断層撮影といった方法がある.MEGは導電率の影響を受けないため脳波に比べ空間分解能が高く,また時間分解能が著しく高いためミリ秒単位で脳活動を解析することができる.しかし,測定室内では金属類の使用ができないことなどから,運動遂行時の脳磁界に関する研究報告は少ない.随意運動時の脳活動を脳磁図を用いて計測すると,運動開始1~1.5秒前から「運動準備磁界」が観察され,関節運動直前または直後には「運動磁界」が観察されることが明らかとなっている.「運動磁界」は一次運動野の活動を反映しており,「運動準備磁界」については運動に関連する複数領野が関与していると考えられているがその詳細については十分に明らかになっていない. そこで本研究の目的は視覚刺激を用いた反応課題に対してMEG計測を行い,視覚提示方法の違いが運動遂行能力および運動準備過程に及ぼす影響を調査することとした.【方法】 被験者は右利き健常成人男性5名(32.4±11.3歳)であった.脳磁界計測にはNeuromag社製306チャネル全頭型脳磁界計測装置を使用し,右示指伸展運動時の運動関連脳磁界(MRCF)を計測した.また表面筋電計を用い右示指伸筋を導出筋とし,視覚刺激提示から筋活動発現地点まで(Pre-motor time)と電気力学的遅延を計測した.運動課題は視覚刺激を使用した「単純反応課題(光刺激を合図として運動を素早く行う)」と予告刺激(S1)と運動開始刺激(S2)を組み合わせた「S1-S2課題」とした.S1-S2課題では,被験者の前方に設置したスクリーンに赤丸が提示(S1)された後に提示される光刺激(S2)に反応し,可能な限り速く示指を伸展するように指示した.単純反応課題では,ランダムに提示される光刺激に対し,できるだけ早く示指伸展運動を行うよう指示した.示指伸展時の筋活動は筋電計を用い右示指伸展筋から導出した.S1からS2までの間隔は2秒から5秒のランダムとし,予告刺激の間隔は10秒以上とした.運動関連脳磁界の解析は,S1-S2課題ではS2刺激,単純反応課題では光刺激をトリガーとして,それぞれのトリガー前1500msecから筋活動開始までの区間を対象とし,35回以上の加算平均を行った.また0.5Hzから100Hzのバンドパスフィルタ処理を行った.電流発生源の推定には等価電流双極子(Equivalent Current Dipole; ECD)を用い,運動関連脳磁界においてECDを算出した際の適合性を示すgoodness of fitが80%以上のものを選択した.【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は我々が所属する新潟医療福祉大学倫理員会の承認を得ており,被験者には実験内容を十分に説明し,書面により同意を得た.【結果】 Pre-motor timeはS1-S2課題で152.4±18.8msec(mean±SD),単純反応課題で190.2±6.3msecとS1-S2課題で有意な短縮が見られた.一方,電気力学的遅延ではS1-S2課題で72.6±8.0msec,単純反応課題で74.0±9.9msecと両課題間で有意差は認められなかった.単純反応課題では光刺激前に頭頂連合野の活動は観察されなかったものの,S1-S2課題においてはS1刺激後からS2刺激までの区間に5名中4名で頭頂連合野の活動が観察された.【考察】 本研究において,S1-S2課題でPre-motor timeの有意な短縮がみられ,S1-S2課題にのみ頭頂連合野の活動が観察された.Pre-motor timeは感覚受容から感覚神経を経由し,大脳での情報処理から一次運動野に至る過程と,一次運動野から脊髄,末梢神経を経て筋に到達する過程であり,大脳皮質における情報処理過程を現している.視覚反応課題では,視覚情報は頭頂連合野へと伝達され,運動前野,運動野へと順次伝達されていくとされている.本研究により視覚刺激を用いた運動課題において,効率的な運動実行の行うために運動準備段階で頭頂連合野が関与している可能性が示唆された.【理学療法学研究としての意義】 理学療法において,運動制御について理解することは運動療法を行う上で重要であり,その運動制御は外部環境を考慮した動作遂行として捉える必要がある.本研究は視覚情報から処理,また運動遂行に至る過程における大脳皮質活動の一部を明らかとし,運動制御の理解の一助になることが示唆された.