理学療法学Supplement
Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
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一般演題 ポスター
3次元空間内の上腕最大運動範囲(joint sinus cone)の計測タスクは分回しで十分か
─肩関節運動範囲に制限のある被験者とない被験者の計測結果からの検討─
西下 智家門 孝行川渕 美紀新原 正之大場 潤一郎白銀 暁松本 憲二吉田 直樹
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p. Ab0436

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抄録
【はじめに、目的】 我々は肩関節の3次元的な運動範囲を表すsinus(サイナス)について研究を行ってきたが、屈曲や外転など(1自由度)の計測と異なり、被験者に自身の肩の全運動範囲を網羅的に運動させることは簡単ではない。先行研究では、計測タスクとしていわゆる「分回し」を採用するものがある。このタスクは簡便ではあるが、我々が若年健常男性(以下、健常者)12名を対象として計測し、解析した結果、分回しでは本来の約88%の領域しか運動できておらず、特に肩関節伸展方向の領域に拡大の可能性を残していることがわかった。ここでは、肩の運動に障害を持つ患者(以下、障害者)数名を対象に、分回しと我々が工夫したタスク(以下、複合タスク)による計測結果がどの程度異なるかを明らかにすることを目的とした。【方法】 対象は健常者12名と障害者5名とした。詳細は後述する。計測機器は磁気式の6軸位置角度計測装置PATRIOT(Polhemus社)を用い、上腕部・胸骨部にセンサを装着し、上腕・体幹の傾きの変化を60Hzで計測した。タスクは端座位にて分回しタスクと複合タスクを行わせた。複合タスクは分回し運動に加えて、基本平面内の運動、検者が指示する位置に腕を動かす運動、被験者自身が届いていないと思う範囲に腕を動かしてもらう運動など、できるだけ運動範囲が広がる運動を複数行なわせた。上腕長軸の3次元的方向の可変範囲は球面座標上の領域として表現される。その面積は立体角と呼ばれる量(単位:ステラジアン)に相当し、運動範囲の大きさを示す。胸骨のセンサのデータから、体幹代償の補正も行った。同一被験者の分回しタスクに対する複合タスクの立体角の比率を「拡大率」、球面グラフ上での可変領域の拡大部分を「拡大領域」とした。今回は障害者の拡大率と拡大領域の結果を求め、健常者の結果と比較した。計測、解析、可視化には、MATLAB(MathWorks社)を用いた。【倫理的配慮、説明と同意】 研究にあたってはヘルシンキ宣言を遵守し、関西リハビリテーション病院倫理委員会の承認を得て行った。対象者には事前に研究の趣旨を説明し、書面で同意を得た。【結果】 拡大率は、健常者12名の1.13±0.06(平均±標準偏差)に対して、障害者の全5症例の両肩では最小1.17から最大2.45であった。障害者の拡大領域については5症例とも異なっていた。健常者で見られた伸展方向の拡大に加え、それ以外にも大きく拡大する領域が見られた。各障害者(A~E)の年齢、疾患名、左右、拡大率、拡大領域の特徴を順に記載する。A、30歳代男性、ギランバレー症候群、右1.45、水平内転方向、左1.31、屈曲方向。B、80歳代男性、頚髄損傷(C7)、右1.17、伸展方向、左1.35、伸展方向を中心に下側全域。C、70歳代男性、左視床出血、頚椎症、右2.45、伸展方向、水平内転方向、左1.32、水平内転方向、水平外転上側。D、50歳代男性、橋出血、右1.27、水平内転上方、左1.29、伸展方向から水平内転下側全域。E、70歳代男性、くも膜下出血、右1.24、伸展方向、外転方向、左1.27、伸展方向。【考察】 健常者の拡大率が平均値1.13であるのに比べて、障害者の5症例全てで1.17から2.45と大きな値を示した。つまり分回しタスクでは複合タスクの41~86%しか網羅できていない。このことから考えても、障害者の肩sinusの計測時には分回しタスクでは不十分といえる。計測した12名の健常者では拡大率の標準偏差が小さく、分回しタスクの結果からsinus全域の大きさをある程度推定できるが、障害者では拡大率が1.17から2.45と幅があるため推定する場合は精度に問題が起こる。拡大領域は、症例ごとに方向も大きさも多様で、健常者の拡大領域と比較すると、一定方向により大きく拡大する傾向にあった。障害者の場合には分回しタスクのみでは、ある方向の大きな運動範囲を計測できていないことがある。リハビリテーションにおいては、単なる運動範囲の大きさの拡大ではなく、どの方向にどの程度拡大するかが重要になることからも分回しタスクでは不十分ではないだろうか。肩関節のsinus計測における運動タスクとして、分回しは簡易ではあるが運動範囲は不十分である。今回用いた複合タスクは、運動範囲は広いが簡便性には改善の余地があるかもしれない。今後は臨床応用を目指して簡便性と正確性を兼ね備えた運動タスクを開発する必要がある。【理学療法学研究としての意義】 肩関節のような多自由度関節の可動域が、従来行われている基本平面内以外の範囲も計測、可視化できるようになれば、より詳細な効果判定が可能になる。その正確な計測のためには、分回しタスクでは不十分であるため、より適切なタスクの検討が必要であることが明らかになった。
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© 2012 公益社団法人 日本理学療法士協会
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