主催: 日本理学療法士協会
p. Ab0468
【はじめに、目的】 膝関節には豊富な脂肪体が存在しており,膝関節の柔軟性を保っている.膝関節内の膝蓋下脂肪体は,不動化の影響により筋や腱同様に廃用性の萎縮を起こしていると指摘されている.膝蓋下脂肪体が,拘縮によりどの程度の萎縮を来すのかを定量的に検討した報告は見当たらない.そこで本研究では,ラット膝関節を対象に4週間のギプス固定を行い,拘縮による膝蓋下脂肪体の萎縮を病理組織学的検討と定量解析することを目的に実験を行った.【方法】 対象は9週齢のWistar系雄ラット21匹(250~280g)を用いた.それらを4週間のギプス固定により拘縮を作製した固定群(n=11)とControl群(n=10)に無造作に分けた.固定群の右後肢にはギプスによる擦傷予防するため,予め膝関節中心に後肢全体をガーゼで覆い,股関節最大伸展位,膝関節最大屈曲位,足関節最大底屈位に状態で骨盤帯から足関節遠位部までギプス固定した.固定肢の足関節遠位部から足趾までは浮腫の有無を確認するために露出させ,この状態でうっ血のないことを確認した.また,同肢の膝蓋骨とその周囲は,固定期間中の骨成長を考慮し露出させた.固定側足部に浮腫を認めた場合はすぐにギプスを巻き替え浮腫の防止に努めた.ギプスの外れや緩みなどを認めた場合は,早急にギプスを巻き替えて可能な限り固定を維持した. Control群は実験期間を通して自由飼育とした.固定期間終了後,実験動物をネンブタール麻酔により安楽死させ,右後肢膝関節を一塊として採取した.採取した膝関節を10%中性緩衝ホルマリン液で72時間組織固定し,その後プランク・リュクロ液を用い,72時間,4℃で脱灰操作を行い,石灰分を除去した.脱灰後,膝部を膝関節から上下約1cmの位置で切り出し,膝蓋骨中央からやや内側の矢状面で切り出しをした.膝関節内側を残すように厚さ5mm程度に切り出し,組織包埋カセットに収めた.5%硫酸ナトリウム液に72時間浸漬し中和操作を行い,その後,30分間流水水洗し,3時間程度100%アルコールに浸漬し脱脂操作を行った.その後,パラフィン自動脱水包埋装置により脱水,パラフィン包埋した.作製したパラフィンブロックを滑走式ミクロトーム(大和光工業株式会社,TU-213)にて,厚さ約3㎛で薄切した.HE染色を行い光学顕微鏡下で膝蓋下脂肪体を観察し,病理組織学的検討を行った.また,膝蓋下脂肪体を撮影した画像はパーソナルコンピューター(NEC,LL550/R)に取り込み,画像解析ソフトウェア(Image J Ver.1.43)を用いて,膝関節前方に存在する膝蓋下脂肪体の総面積を計測した.統計処理には,一元配置分散分析を適用し,有意差を認めた場合は多重比較検定にFisherのPLSD法を適用した.なお,危険率は5%未満をもって有意差と判定した.【倫理的配慮、説明と同意】 名古屋学院大学動物実験規定に準拠し,同倫理委員会の承認を得て飼育,実験を行った(NO.2008-008).【結果】 組織像については,固定群の右後肢で脂肪細胞の萎縮や大小不同が認められていた.また微小血管の拡張とうっ血を認めた.固定群の左後肢では,脂肪細胞が観察されたものの,Control群と比較して軽度の萎縮を認めていた.右後肢と同様に微小血管の拡張とうっ血を認めた.Control群の両後肢では,コラーゲン線維間の脂肪細胞が多数認められ,異常と考えられる所見は確認されなかった.定量解析として,固定群の右後肢はControl群のそれに比べて脂肪細胞の面積が有意に減少していた(p<0.05).固定群の左右での比較においても,右後肢は左後肢に比べて脂肪細胞の面積は有意に減少していた(p<0.05).【考察】 固定による関節の不動化は,膝関節前方に存在する膝蓋下脂肪体を有意に萎縮させることが明らかとなった.非固定肢にも膝蓋下脂肪体の萎縮と言わざるを得ない組織像が確認されたことから,関節固定の影響は固定肢に留まらず他関節への影響も考えられる.【理学療法学研究としての意義】 長期臥床やギプス固定などによる不動は,筋や軟骨と同様に膝蓋下脂肪体にも組織学的な変化を及ぼすことがわかっている.しかしながら,膝蓋下脂肪体の変化については,明らかにされていない点が多い.膝蓋下脂肪体の萎縮は,関節の可動域と円滑性を失うと考えられるため,その病態を明らかにすることが早急の課題と考えられる.本研究の結果から,不動化による脂肪体の萎縮と,一側の固定は対側肢にも影響を及ぼすことが推測された.可動域制限の改善はADLに直結することから,今後は治療法についても科学的に検討する必要性が示唆された.