抄録
【目的】 転倒の主たる原因として,スリップや乗り物の発進・停止時などの床面水平外乱が挙げられる.以前から,外乱後のFeedback制御である代償的姿勢反応について調べられており,姿勢筋活動の特徴として活動開始時間や筋活動パターンについて報告されてきた(Horak & Nashner,1986;Tokuno,2010).しかしながら,姿勢反応に関する既往報告の多くは一般健常者および障害者を対象としており,優れた姿勢回復能力が要求される卓越した姿勢制御の特性についてはほとんど知られていない.この特性の解明により,水平外乱に対する転倒予防のための学習効果の目標が明確になるとともに,効果的な学習方法の開発が期待できる.従って,本研究の目的は床面水平外乱に対する卓越した代償的姿勢反応の筋活動の特性を明らかにすることだった.一般に,アスリートは一般健常者と比較して優れたバランス能力を有しており(Calavalle,2008;Asseman,2008),さらにトップアスリートは地域レベルのアスリートよりも高いバランス能力を有する(Mason & Pelgrim,1986; Mononen,2007).よって,床面水平外乱に類似した競技特性のトップアスリートを対象とし一般健常者と比較検討した.我々の仮説はトップアスリートは一般健常者よりも,1) 外乱後の筋活動開始時刻(EMG onset)が早い,2) 筋活動量は急激に増加する,3) 体幹・下肢の主動筋と拮抗筋の同時収縮性が低いだった. 【方法】 対象:国際大会出場レベルのスキージャンパー10名(年齢:19.9 ± 2.3歳,身長:168.2 ± 7.9 cm,体重:56.1 ± 5.22 Kg)および健常若年者10名(年齢:21.6 ± 0.8歳,身長:165.6 ± 11.3 cm, 体重:57.3 ± 10.0 Kg)を対象とした.2.使用機器:1)床面水平刺激装置(前後2 方向):水平移動5cm,最大速度13cm/sec (小外乱),水平移動10cm,最大速度39cm/sec (大外乱)とした.2)三次元動作解析システム:一側矢状面上の頭部・体幹・上肢・下肢の9マーカー座標を200Hzで収集した.刺激装置上に刺激開始時刻決定のためのマーカーを付けた.3)表面筋電計:一側の前脛骨筋,外側腓腹筋,内側腓腹筋,ヒラメ筋,大腿直筋,外側広筋,大腿二頭筋,半腱様筋,腹直筋,脊柱起立筋の10姿勢筋から筋活動を導出した(1KHz).3.実験方法:被験者は刺激装置上に上肢を体側に垂らし自然立位をとった.外乱後にステップを踏まないように指示した.4課題(2外乱×2方向),各課題15回ずつ計60回をランダムに実施し,外乱は検者がランダムなタイミングで誘発した.4.解析:EMG onsetは,外乱開始前100ms間の筋活動の平均値±3SDの値を少なくとも25ms間持続した時刻とした.積分筋電値は各筋ごとに全施行の最大値で標準化し,EMG onsetから25ms間を bin 1,26msから50msまでをbin 2とし,各binごとの値を算出した.自動姿勢反応期である外乱後70~180 ms(Horak & Nashner,1986)の下腿・大腿・体幹の主動筋・拮抗筋の関係性を,Co-contraction index(Falconer etc,1985)を用いて定量化した.この値が大きいほど同時収縮が強いことを意味する.統計解析には EMG onset は各筋ごと,積分筋電値は bin ごと,またCo-contraction indexは体幹・下肢の屈曲・伸展筋群のペアごとにunpaired t-testを用いて2群間の比較を行った.危険率は5%とした.【説明と同意】 実験前に,被験者に十分な説明を行い署名にて同意を得た.本研究は所属機関の倫理委員会の承認を得ている.【結果】 1) EMG onset: 前方への大外乱時,アスリート群は健常若年者群よりも前脛骨筋で有意に遅い筋活動がみられた(p < 0.05).2) 積分筋電値: 前方への大外乱時に外側広筋の bin 1でアスリート群は健常若年者群よりも有意に大きかったが(p < 0.05), bin 2では有意差がみられなかった.また,後方への大外乱時に半腱様筋の bin 1でアスリート群は健常若年者群よりも有意に大きな傾向があったが(p = 0.054), bin 2では有意差がみられなかった.3) Co-contraction index: 前方への大外乱時に体幹筋のindex値がアスリート群は健常若年者群よりも有意に小さかった(p < 0.05).【考察】 積分筋電値bin 1 とbin 2の結果から,アスリート群は健常若年者群よりも筋活動量を活動直後に急激に増大させていることが示唆される (仮説2).また,Co-contraction indexの結果から,アスリート群は健常若年者群よりも体幹筋の同時収縮性が低いことが示唆される(仮説3).仮説1に反して前脛骨筋のEMG onsetはアスリート群の方が遅延していた.スキーヤーは長期間スキーブーツを装着するため足関節の固定性が高められることが一要因として考えられる(Bennel et al.1994).【理学療法学研究としての意義】 本研究で明らかとなった床面水平外乱に対する姿勢筋活動の特性は,効果的な姿勢回復のためのバランス練習の指標および新たな運動療法を考案するための基礎資料となる.