抄録
【はじめに、目的】 歩行中の方向転換時に、バランス障害者や高齢者がバランスを崩す場面がよく観察される。一方、彼らが方向転換時に手すりや壁面に指先を軽く触れる場面もよく観察される。これは指先からの体性感覚入力が、バランス能力を高めるためと考えられる。これまで水平固定面(以下、固定面)への指先接触が立位重心動揺に与える影響について数多くの報告がなされてきた(Jekaら、1997)。しかしながら、転倒の危険性が高まる方向転換直後に、固定面への能動的指先接触が立位重心動揺と下肢筋活動にどのような影響を及ぼすかについての研究は見あたらない。本研究の目的は、それらを運動学的および筋電図学的に解析することである。【方法】 対象は健康な男性12名(平均年齢20.8±0.7歳)であった。被検者に対して、重心動揺計(共和電業社製)の上で左回りに4秒間かけて4歩で180度方向転換させた。方向転換直後は2m前方のマーカーを注視し、静止立位を保持するよう指示した。両足の間隔は自由とした。方向転換直後の3秒間の重心動揺を測定した。重心動揺の指標は、総軌跡長、矩形面積、外周面積であった。測定条件は、右示指を固定面(荷重計、共和電業社製)に触れさせないで触れる格好のみをさせる(非接触)、右示指の指先を固定面へ1N未満の圧で接触させる(軽接触)の2条件とし、ランダムな順序で実施した。固定面への接触圧は荷重を用いて測定し、被検者へ圧のフィードバックを行い、1N未満になるようにした。重心動揺測定と同時に、筋電計(キッセイコムテック社製)を用いて右側の大腿直筋、大腿二頭筋、前脛骨筋、腓腹筋、ヒラメ筋の筋活動を測定した。あらかじめそれぞれの筋で最大随意収縮(MVC)をさせ、平均活動電位を正規化の基準とした(%MVC)。なお腓腹筋とヒラメ筋については、右片足立ちで踵挙上時の筋活動をMVCとした。統計学的解析にはWilcoxon符号付き順位検定を用い、重心動揺の各指標と%MVCについて2条件間で比較した(p<0.05)。【倫理的配慮、説明と同意】 被験者全員に対し本研究について口頭と文書で十分な説明を行い、文書で同意を得た。【結果】 総軌跡長について、非接触は96.0±10.0cm、軽接触は93.8±11.0cmであり、2条件間で有意差はなかった。矩形面積について、非接触は104.3±66.7cm2、軽接触は65.0±60.7cm2であり、軽接触は非接触と比較して有意に小さかった。外周面積について、非接触は38.6±15.6cm2、軽接触は27.5±17.6cm2であり、軽接触は非接触と比較して有意に小さかった。下肢筋活動については、すべての筋において2条件間で有意差はみられなかった。【考察】 2条件間で総軌跡長に有意差がなく、軽接触条件で非接触条件よりも矩形面積と外周面積が有意に小さかった。このことは、指先軽接触が重心動揺をより小さい面積の中で、微調整するように作用したためと考えられた。そのために、下肢筋活動にも有意差がみられなかったものと思われた。これまで、能動的指先軽接触が立位重心動揺を減少させることは多く報告されてきたが、バランスを崩しやすい方向転換直後でも、固定面への指先接触が体性感覚入力を増やして、重心動揺を減らす効果につながったと考えられた。【理学療法学研究としての意義】 本研究の結果は、固定面への能動的指先接触による体性感覚入力が方向転換直後の立位バランスを向上させることを示唆し、転倒予防の観点から、バランス能力の低下した対象者指導の一つの方略に基礎的裏付けを与えた点で意義がある。