抄録
【目的】 近年,直接身体に与えられる痛み刺激に対しての慣れ(以下habituation)についての研究がされてきており(Bingel 2006),慢性疼痛患者ではhabituationが生じにくいことが明らかにされている (Tommaso 2011,Rina Lev 2010).しかし,慢性疼痛患者に生じやすいと言われている「痛みの内的体験」のhabituationに関しては,どのような脳内機序で生じているかは明らかではない.そこで本研究の目的を痛みの内的体験のhabituationが生じている時の脳活動の変化過程を明らかにすることとした. 【方法】 対象は,健常者15名(男性10名,女性5名),平均年齢22.5±1.5歳とした.被験者は,高機能デジタル脳波計Active twoシステム (BIOSEMI社製)にて脳波(Electroencephalogram:EEG)を記録される.被験者は,スクリーン上に表示される「手に表在感覚性の痛みが与えられている画像」15種類(pain条件)と,「痛みが与えられていない手の画像」15種類(non pain条件)をそれぞれ30trial×4set観察し,痛みの内的体験をした.各set終了時に内的に体験した痛みの強さをvisual analog scale(VAS)に記入した.痛みの内的体験によって出現する活動電位の決定については,先行研究(Fan 2008,Li 2010)に基づき,90-130 ms に出現する陰性の波形成分を情動的要素(N110),360-800msで出現する陽性の波形成分を認知的要素(P3)とし,それぞれの電位について加算平均しERPsデータを得た.統計処理は,N110・P3の平均振幅(以下mean amplitude)をWilcoxonの符号付順位検定にてpain条件(1~4set)とnon pain条件(1~4set)で比較した.その後に,habituationの分析を行うためにpain条件における1,2setと3,4set のVASの値,N110・P3のERPsのmean amplitudeをWilcoxonの符号付順位検定を用いて比較した.また,habituationの分析により有意なmean amplitudeの変化が認められたERPsデータと脳機能の三次元画像表示法(Low Resolution Brain Electromagnetic Tomography; LORETA)を用いて,habituationが生じているときに変化した脳部位の同定を行った.いずれの検定も統計学的有意水準は5%未満とした. 【倫理的配慮、説明と同意】 対象者には本研究の趣意を十分に説明し,文章にて同意を得た.なお,本研究は畿央大学研究倫理委員会にて承認を得ている(承認番号:H23-9).【結果】 non pain条件と比較して,pain条件ではN110,P3のmean amplitudeが有意に大きかった(p<0.05).pain条件の1,2setと比較して3,4setでは,VASの値・P3のmean amplitudeが有意に減少した(p<0.05).一方,N110のmean amplitudeに有意な変化は認められなかった.また,LORETA解析の結果より,P3の時間帯域において,pain条件の3,4setは1,2setよりも有意に左第二次体性感覚野(S2)・左後部島皮質(PIC)の活動が減少した(p<0.05).【考察】 今回の実験結果では,痛みの内的体験のhabituationが生じている時には,痛みの内的体験の情動的要素であるN110には変化がなく,認知的要素であるP3に変化がみられた.この結果から,痛みの内的体験に対するhabituationは認知的要素で生じている可能性が示唆された.さらに,LORETA解析の結果から,痛みの内的体験のhabituationが生じているときには,認知的要素であるP3の時間帯域で左S2・左PICに有意に活動の減少が認められた.左S2・左PICは,痛みの内的体験時の感覚的側面に関わるという報告がある (Keyser 2010,Jabi 2008)ことから,今回使用した画像から誘発された痛みの内的体験のhabituationは,痛みの感覚的側面を認知する段階で生じていることを示していると考えられる.【理学療法学研究としての意義】 理学療法対象者に対して,急性期から痛みの認知的要素に対して臨床介入を行うことによって,痛みの内的体験のhabituationが生じやすくなり,慢性疼痛が予防できることが予測される.