抄録
【はじめに、目的】 温熱刺激は理学療法で用いられる物理的刺激のひとつで鎮痛効果を目的として用いられる事が多い。しかし、温熱刺激による疼痛抑制の生理学的機序については未だ不明な点が多く、その有効性について十分なエビデンスはない。熱刺激による疼痛抑制機序のひとつとして広汎性侵害抑制調節(diffuse noxious inhibitory controls:DNIC)が考えられている。近年では、鎮痛を目的とする部位とは別の部位に与える侵害刺激(heterotopic noxious conditioning stimulation:HNCS)がDNICの効果を引き起こすことが明らかにされつつある。一方、臨床で実際に多く用いられる非侵害刺激による疼痛抑制効果は一定した見解が得られていない。そこで本研究は、非侵害的熱刺激実験としてホットパック、侵害的熱刺激実験として温水曝露刺激を用い、それぞれの疼痛抑制効果について調べた。【方法】 非侵害的熱刺激実験は、健常学生29名(平均年齢20.3±1.3歳)を対象とし、背臥位にて、疼痛調整(conditioning)刺激として80℃(HP群)または32℃(HP-sham群)に加温したホットパックを用いて右前腕部に20分間温熱刺激を与え、刺激前後10分間を安静とした。さらにconditioning刺激前、中、直後、10分後に、疼痛(test)刺激として、温冷型痛覚計(UDH-300、ユニークメディカル社)を用い熱刺激を与えた。50~52℃の熱刺激を両側前腕前面に10秒間与え、熱痛覚強度(heat pain intensity:HPI-HP)をvisual analog scaleにて測定し、conditioning 刺激前との変化値を算出した。侵害的熱刺激実験は、健常学生24名(平均年齢20.8歳±1.2歳)を対象とし、座位にて、conditioning 刺激として46.5℃(HW群)または32℃(HW-sham群)の温水に左前腕部を1分間浸漬して温熱刺激を与え、刺激前後10分間を安静とした。さらにconditioning刺激前、中、直後、10分後にtest刺激として、温冷型痛覚計を用い熱刺激を与えた。50~52℃の熱刺激を右頬部に7秒間与え、熱痛覚強度(HPI-HW)をnumerical rating scaleにて測定し、conditioning 刺激前との変化値を算出した。HPI-HP、HPI-HWの経時的変化の検討には、Friedman検定およびTukey-type( Nemenyi )の多重比較検定を行った。有意水準はそれぞれ5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は全対象に対して研究内容、安全対策、個人情報保護対策、研究への同意と撤回について十分に説明し、同意を得たうえで行った。実験に際しては安全対策を徹底し、実験データを含めた個人情報保護に努めた。【結果】 非侵害的熱刺激実験では、HP群の刺激側HPI-HPがconditioning刺激中と終了直後に刺激前と比べ有意に低下したが、非刺激側HPI-HPに変化はなかった。侵害的熱刺激実験では、HW群のHPI-HWがconditioning刺激中と終了直後に刺激前と比べ有意に低下したが、非侵害的熱刺激実験、侵害的熱刺激実験のいずれのsham群にも有意な変化はみられなかった。【考察】 ホットパックによる非侵害的熱刺激実験ではconditioning刺激を与えた局所にのみ疼痛抑制効果がみられたことから、臨床で広く用いられているホットパックは、刺激局所における末梢レベルでの疼痛抑制効果を有することが示唆された。一方、46.5℃の温水曝露による侵害的熱刺激実験では曝露部の遠隔部である右頬部の熱痛覚抑制効果が得られたことから、広汎性に疼痛が抑制されるDNICの効果が示され、下行性疼痛抑制系など中枢を介した疼痛抑制機序が関与している可能性が示唆された。2つの実験から、熱刺激は熱受容器を介する疼痛抑制機序を賦活し、さらにその刺激はHNCSのような侵害レベルの方がより強力で広汎に疼痛抑制を引き起こすことが示唆された。【理学療法学研究としての意義】 本研究は、非侵害的熱刺激は刺激局所のみの末梢性に、侵害的熱刺激は中枢性機序を介する遠隔部での疼痛抑制効果がもたらすことを明らかにし、今後、臨床で温熱療法を行う際の一助となり得る点に意義がある。