抄録
【はじめに】 加速度計を用いた歩行分析について、本邦では健常者や地域在住高齢者、変形性股関節・膝関節症者を対象とした報告が多くなされている。歩行分析では加速度前後成分の前方ピークからHeel contact(以下、HC)を同定し解析が行われている。しかし、脳血管障害片麻痺者(以下、片麻痺者)の歩行中の加速度波形を観察すると、前方ピークの同定が困難な者が多いが、その直後の後方ピークは容易に観察できる者が多い。本研究ではこの後方ピークが時間因子の指標として有用か、その再現性と妥当性について検討した。【方法】 対象は当院回復期病棟入院中の片麻痺者15名(年齢:62.1±10.3歳、発症からの期間:116.2±35.7日、麻痺側:右片麻痺7名;左片麻痺8名、下肢Brunnstrom recovery stage:III 1名;IV 6名;V 6名;VI 2名)とした。被験者は見守りで10m歩行を複数回実施可能な者とし、重篤な高次脳機脳障害や脳血管障害以外に起因する麻痺、整形外科的疾患を有する者は除外した。体幹加速度を計測するために3軸加速度計(Microstone社)を第3腰椎後方に弾性ベルトで固定した。またHCを同定するために床反力計(アニマ社, 1200×600mm)を加速度計と同期させ、両機器ともにサンプリング周波数200Hzに設定した。被験者には普段着用している靴や装具、歩行補助具を使用してもらい10m歩行を3回実施し、各10m歩行時間を計測した。その際、快適歩行速度にてできる限り3回とも同速度で歩くこと、歩行路半ばにある床反力プレート上に非麻痺側、麻痺側の順で接地するよう指示した。なお歩行中において、理学療法士1名が被験者に付き添い転倒予防に務めた。10m歩行時間から10m歩行速度を算出した。得られた加速度波形前後成分より後方ピークを確認し2stride timeを算出した。また床反力波形垂直成分のHCから対側HC、加速度波形前後成分の後方ピークから次の後方ピークまでの時間(1step time)を算出した。統計にはR -2.8.1を使用し、再現性を検証するために2stride timeからICC(1, 1)と95%信頼区間を求めた。また妥当性を検証するために各1step timeより、Shapiro-Wilk検定後にSpearmanの順位相関係数を求め、有意水準を5%とした。【説明と同意】 本研究は当院倫理員会で承認を受けた。実施にあたり被験者に書面を用いて本研究の目的と方法を説明し、同意を得た。【結果】 10m歩行速度は0.71±0.32m/secであった。加速度前後成分から得られた2stride timeの再現性は、0.97(0.94-0.99)であった。床反力垂直成分と加速度前後成分のそれぞれから得られた1step timeの相関は、r =0.96 (p<0.001)であり強い相関を認めた。【考察】 これまでの先行研究では、HCに一致する加速度前後成分の前方ピークを指標にして解析する報告が多く、ICCの値は0.80以上が望ましいとされている。本研究では前方ピーク直後の後方ピークを歩行時間因子の指標として用いたところ、ICCの値が0.97であった。このことから、加速度前後成分の後方ピークを指標にした歩行分析の高い再現性が確認された。ZijilstraらやMenzは健常者を対象に加速度前後成分の前方ピークをHCと同定しているが、片麻痺者ではHCの同定が困難な者も多い。片麻痺者に前方ピークが観察されにくい背景として歩行速度の低下や麻痺側HCの制動力低下などが考えられる。さらに床反力垂直成分と加速度前後成分の各1step timeも有意に強い相関(0.96)を示したことから、片麻痺者において加速度前後成分における後方ピークは時間因子の指標として有用であることが示唆され、推定歩幅(平均歩行速度×1step time)やstride timeを算出することが可能であると考えられた。【理学療法学研究としての意義】 本研究では、先行研究で提唱されている加速度前後成分の前方ピークを指標とする方法と異なる方法の有用性を検証した。さらに本邦では回復期病棟入院中の片麻痺者に加速度計を用いて歩行分析を実施した報告は少ない。これらより本研究には新規性があり、今後の加速度計を用いた歩行分析の一助になると考える。