抄録
【はじめに、目的】 脳血管疾患片麻痺者は、ウェルニッケマン肢位に代表されるような定型的姿勢を呈することが多く、運動機能は、運動自由度に乏しく、バリエーションの少ない運動様式に定型化される印象を持つ。具体的には、歩行立脚期における麻痺側足部の内反尖足や反張膝、麻痺側骨盤の後退や遊脚期における分回し歩行などである。これらは、動的に繰り返される状態でパターン化された事象を示すが立位姿勢での骨盤運動の機能に着目し、片麻痺者の運動学的特長について触れられたものは少ない。これらを踏まえ本研究は、片麻痺者と健常者によるステップ肢位での体重移動課題において骨盤運動に着目し、運動開始前と運動終了後の骨盤運動を比較し、骨盤傾斜運動の相違を明らかにすることを目的とした。【方法】 対象は、脳卒中片麻痺者24名(男性18名、女性6名、年齢59.5±10.1歳、発症からの期間91.1±37.7日)で立位保持が可能な者とした。また対照群として、健常者14名(男性14名、年齢41.4±12.6歳)とした。動作課題は、裸足安静立位から半足長分前に出したステップ肢位において、後方下肢(以下、後脚)に体重をかけた開始肢位から、前方下肢(以下、前脚)への体重移動を行い、最終肢位姿勢を保つこととした。片麻痺者では、後脚を非麻痺下肢、前脚を麻痺下肢とし、健常者は、後脚を右下肢、前脚を左下肢と統一した。口頭指示として「体を真っ直ぐにしたまま、後ろの足から前の足に体重をかけて下さい。」と教示した。計測回数は、被験者1名に対し、3回施行し、2回目の計測データを分析対象とした。計測機器は、3次元動作解析装置(VICON MOTION SYSTEM社製、Vicon612、60Hz、カメラ8台)を用いた。身体標点を片麻痺者は、頭部3点、両側烏口突起、第2胸椎棘突起、両肩峰、両上腕骨外側上顆、両手関節中央、非麻痺側ASISと両PSISの3点、両側股関節、両側膝関節、両側外果、両側第5中足骨頭、両踵骨に添付し、健常者の骨盤身体標点は、右側ASISと左右PSISの3点に統一した。得られた3点の骨盤空間座標は、VICON Body Builder Ver3.6(VICON MOTION SYSTEM社)を用いて片麻痺者の麻痺側ASISと健常者の左側ASISを算出した。またASISとPSISを結んだ骨盤座標系を矢状面に投影し、骨盤前傾後傾傾斜角度(以下、Pel X)を算出した。分析は、片麻痺者と健常者の動作開始肢位および終了肢位のPel Xの平均値と各群の動作開始肢位から終了肢位の骨盤傾斜の変化量(以下、Pelδ)の平均値を求めた。得られたPel XとPelδを統計処理ソフトSPSS PASW Statistics 18にて対応のないt検定を用い、2群間における動作開始肢位のPel Xと終了肢位のPel XおよびPelδを比較した。有意確率は5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 対象者には、研究の目的、方法等について説明を行い、同意を得た上で計測を実施した。【結果】 動作開始時Pel Xの平均値は、健常者2.0±5.3°、片麻痺者5.1±6.0°で有意な差を認めた(P<0.05)。動作終了時Pel Xの平均値は、健常者14.6±5.2°、片麻痺者10.5±7.2°で有意な差は認めなかった。(P=0.14)。動作開始時から終了時の骨盤傾斜変化量Pelδの平均値は、健常者12.6±5.4°、片麻痺者5.4±4.8°で有意な差を認めた(P<0.0001)。【考察】 健常者の骨盤傾斜は、後脚荷重肢位では、前傾または後傾位置でそこから12度程度の運動範囲で前傾位となるが、片麻痺者の多くは、後脚荷重時、骨盤の位置は前傾位であり、その位置からさらに前傾を強める形で前脚へ荷重するがその変化させる運動量が5度程度と少ないことが確認された。これらのことは、立位や歩行の体重移動の際、骨盤運動の切り返しや重心移動に著しく影響するものと推察され、骨盤制御に着目する重要性と運動機能再建時の指標となりうると考えられる。今後の課題として、今結果に健常者と片麻痺者の重心移動能力を加味し、比較することでステップ肢位での詳細な姿勢制御方法の相違が明らかになると考える。【理学療法学研究としての意義】 ステップ肢位で体重移動を行う際の運動学的特長の理解を深め、片麻痺者の立位、歩行機能評価やトレーニングを実施する上で重要な基礎的知見と考える。