抄録
【はじめに、目的】 二重課題(Dual-Task:DT)は転倒および歩行能力との関連性が報告されているが,それらの多くがアウトカムを単一課題(Single-Task:ST)に対するDTの主課題もしくは二次課題単独の変化量としており,両者の変化による戦略について分析したものは少ない.また,DTにおいて高齢者はposture first strategy,パーキンソン病患者はposture second strategyを用いると報告されているが,脳卒中患者における報告はほとんどみられない.本研究の目的は脳卒中患者におけるDTの戦略を分析することである.【方法】 対象は当院および関連施設に入院,通院,通所する脳卒中患者47名で,歩行が監視レベル以上でかつ安静座位にて3桁の数字の逆唱が可能な者とし,明らかな認知症,失語症を有する者は除外した. STは快適速度での10m歩行テストおよび3桁の数字の逆唱課題を測定した.逆唱課題は安静座位にて30秒間の正答数を記録した.DTは逆唱課題を行いながらの10m歩行テストとし,指示の仕方を変えて「歩行と逆唱課題の両方に同じぐらい注意を向けて下さい」(DT Complex:DTC),「主に逆唱課題に注意を向けて下さい」(DT Backward digit span:DTB)と指示した.歩行は快適速度で通常使用している歩行補助具を使用した.逆唱課題は歩行中に検者が3桁の数字を出題して対象に答えを発声してもらい,回答後すぐに次の数字を提示した.DTは順番をランダムにそれぞれ1回練習後に2回実施し,2回のうち正答数の多い試行を代表値とした.歩行は時間,歩数を測定して速度を算出し,逆唱課題は正答数を記録して1秒当たりの正答数(正答数/s)を算出した.また,DTCのSTに対する変化率を(DTC-ST)/ST×100,DTBのDTCに対する変化率を(DTB-DTC)/DTC×100として算出した.また,改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R),Trail Making Test-A(TMT-A),FIM「移動」,Dynamic Gait Index(DGI)を検査・測定した.戦略の分析はST-DTC間,DTC-DTB間で行い,群分けをSTに対してDTC(またはDTCに対してDTB)にて速度が減少したものをposture first strategy群(PF群),速度が増加したものをposture second strategy(PS群)とし,基本情報や認知機能等の測定結果,各条件での速度と正答数/sについて群間比較を行った.統計処理にはMann-WhitneyのU検定を用い有意水準は5%とした.【倫理的配慮、説明と同意】 群馬大学大学院医学系研究科臨床研究倫理審査委員会にて承認を受け,研究説明書に基づき対象者に説明を行い同意署名を得た.【結果】 対象の基本情報は男性25名,女性22名,年齢70.6±10.5歳(平均値±標準偏差),罹患期間1174.8±1257.6日であった.HDS-Rは27.7±2.1点,TMT-Aは134.4±44.4s,FIM「移動」は7点が21名,6点が23名,5点が3名,DGIは16.7±3.6であった.速度はSTで0.82±0.32m/s,DTCで0.69±0.31m/s,DTBで0.65±0.32m/sであった.正答数/sはSTで0.15±0.06,DTCで0.17±0.07,DTBで0.18±0.07であった.戦略の分析は,STとDTCの比較ではPF群が41名(変化率:-19.6±11.7%)で,その中でも正答数/sが増加した者が29名,減少した者が12名であり,PS群が6名(変化率:2.6±2.4%)でその中でも正答数/sが増加した者が3名,減少した者が3名であった.群間比較ではいずれの項目もPF群とPS群の間で有意差が認められなかった.また,DTCとDTBの比較ではPF群が36名(変化率:-10.4±10.1%)でその中でも正答数/sが増加した者が17名,減少した者が19名であり,PS群が11名(変化率:4.0±3.3%)で全員が正答数/sが増加した者であった.群間比較ではSTの正答数/sがPF群が0.16±0.06,PS群が0.13±0.05と群間で有意差が認められた(p<0.05)が他の項目では認められなかった.【考察】 STに対するDTCおよびDTCに対するDTBの変化において歩行速度が減少した者が多かったことから脳卒中患者においてもposture first strategyを用いる者が多いと考えられた.ただし,posture second strategyを用いる者も 存在したが両群間において認知機能,歩行能力等に有意差は認められず,どちらの戦略を用いるかは機能障害以外の個別性等が影響することも考えられ,今回その特性を明らかにすることができなかった.また,DTにおいてposture second strategyの場合に転倒や歩行の実用性等に問題が起こりやすいと考えられるが,今回の対象は歩行能力および認知機能が比較的高い者が多く,問題となるような対象が含まれていなかった可能性がある.また,DTの主課題,二次課題の難易度がより高い場合に両者に差が出ることも考えられ,今後の更なる検討が必要である.【理学療法学研究としての意義】 DTにおける戦略の疾患による特性や,認知機能,歩行能力等との関連性を検討することによりDTの評価指標としての有用性の向上のための一助になると考えられる.