抄録
【はじめに、目的】 慢性閉塞性肺疾患(COPD)は、気管支の炎症や肺の弾性収縮力低下により気道閉塞を起こし、呼吸困難に至る不可逆的な疾患である。しかしながら、本病態の発症メカニズムは未だ解明されていない。これまでのCOPDモデルの作製は、タバコ煙をモルモットやラットなどに長期間曝露させる方法が一般的であったが、COPDの症状である肺気腫を発現するまでに、3ヶ月以上必要であり、さらにその症状も弱いものであると報告されている。そこで今回、タバコ煙を溶液とし、ラットの気管内へ噴霧投与することで、短期間での肺気腫モデルの作製を行うことを目的とした。【方法】 当初、雌雄合わせて14匹で実験を開始したが、週齢の経過とともに体重に性差が生じたため、対象を11週齢Wistar系雄性ラット8匹とし、生理食塩水投与群(以下、CTL群)、タバコ煙(CSS)溶液およびリポポリサッカライド(LPS)溶液の投与群(以下、PE群)の2群に各4匹ずつ無作為に振り分けた。タバコ煙溶液は、生理食塩水30mlに40本分のタバコ煙を溶かすことで作製し、ラット口腔より挿入した液体噴霧器(ペン・センチュリー社製)により噴霧投与を行った。また、CTL群で19日間生理食塩水を、PE群ではCSS溶液およびLPS溶液を19日間定期的に噴霧投与した。なお、投与量は各50μl、投与回数は1日1回とした。投与実験終了後、頸静脈より採血を行い、炎症所見である白血球数(以下、WBC)を測定した。また、腹腔麻酔下にてラットの頚部腹側にパルスオキシメーター(Mouse Ox STARR Life SciencesTM社製)を装着し、末梢血酸素飽和度(以下、SpO2)を、気管内挿管したシリコンチューブおよび気流抵抗管(日本光電工業株式会社製)にて呼気流速を測定し、安静時の1回換気量・換気時間をそれぞれ算出した。体重は飼育開始時点の10週齢から14週齢にかけて各週1回測定を行った。【倫理的配慮、説明と同意】 本実験は畿央大学動物実験倫理委員会の承認を得て、畿央大学動物実験管理規定に従い実験を行った(承認番号 23-5-I-230818)。【結果】 PE群、CTL群ともに体重の経時的増加がみられたが両群間に有意差は認められなかった。WBCにおいても、両群間に有意差は認められなかった。1回換気量はCTL群(1.7±0.3ml)に比べ、PE群(1.2±0.1ml)で有意に低値を示し(p<0.05)、呼気流速においても、CTL群(4.9±1.2ml/sec)に比してPE群(3.0±0.6ml/sec)で有意な低下(p<0.05)が認められた。SpO2においては両群間で有意差は認められなかったが、PE群で約5%の低下傾向がみられた。また、病態を組織学的に評価するため、摘出した肺を肉眼観察した結果、PE群の肺は、CTL群と比較して明らかに肥大しており肺の過膨張が認められた。また、肺組織凍結切片をHematoxilin-Eosin染色法にて染色し、顕微鏡下で観察したところ、肺胞壁破壊による肺胞の拡張が認められた。【考察】 肺の組織学的評価により、一部で肺の過膨脹や肺胞壁破壊による肺胞の拡張を認めた。これは、タバコ煙溶液に含まれるニコチンやカドミウムといった有害物質が気管支を経て肺胞領域へ到達、肺胞の上皮細胞に作用し傷害を与えた結果であると考えられる。この肺胞拡張は末梢気道の弾性収縮力低下や肺コンプライアンス値の増大をもたらし、このことが1回換気量、呼気流速の有意な減少に繋がったと考えられる。また、PE群においてSpO2が約5%の低下傾向を示していることから、肺胞が破壊されたことで拡散面積が減少し、肺胞でのガス交換を妨げる拡散障害の可能性も示唆された。一方で、全個体において炎症所見であるWBCや体重で変化を認めなかったこと、肺組織での変化に個体差がみられたことを踏まえると、今回作製したモデルでは肺気腫症状が弱いものであったと考える。その原因として、投与期間内にラットが死亡する可能性を考慮し、タバコ煙溶液の濃度や投与量を低く設定したことが考えられる。今後はさらに調整を加え、より確立したモデルを作製し、介入実験へと展開していく予定である。【理学療法学研究としての意義】 今回作成を試みたモデルは、20日間という短期間でのCOPD様症状、特に肺気腫症状を示す新しい動物モデルである。これは短期間でこの分野への基礎的知見を提供できるため、大きな意義を持つと思われる。今後は、呼吸の主動作筋である横隔膜の詳細なミオシン重鎖アイソフォームの分析や、それらを支配する神経線維、神経筋接合部の形態学的変化、毛細血管支配率など本モデルのさらなる解析を通して、COPDの病態メカニズムの解明および新たな運動療法の開発の一助として役立つと考える。