抄録
【はじめに、目的】 無酸素Power時の筋酸素動態に関する報告はみられるが、無酸素性運動時と有酸素性運動時における最大Power発揮時の呼吸循環応答を比較した研究報告は少ない。運動時のエネルギー供給において、クレアチンリン酸系、解糖系、有酸素系のエネルギー供給機構の割合が変化し、無酸素性運動ではエネルギー供給の多くがクレアチンリン酸系と乳酸系が占めている。しかし、血液循環が絶えず行われており、有酸素系代謝が常に行われている。本研究は、無酸素性,有酸素性の各運動における最大Power発揮時の骨格筋の酸素応答,呼吸循環応答の比較と、無酸素運動時における有酸素能の影響、以上の2点を明らかにするために研究を行った。【方法】 対象は健常男子大学生13名(22.3±0.6歳) とした。エルゴメータ (Corival,Lode社)を用い、無酸素性運動としてWingate test、有酸素性運動として心肺運動負荷試験(CPX)の2種類の運動負荷試験を行った。Wingate testでは負荷量を各被験者の体重の7.5%にtorqueに設定し、30秒間の高負荷全力ペダリング運動を実施した。CPXでは負荷量をRamp負荷(20Watt/分)、ペダル回転数を60回転/分とした。測定方法は、呼気ガス分析装置(Meta Max3B)を用い、breath by breath法にて酸素摂取量(V’O2),換気量(VE)、組織血液酸素モニタ(BOM-L1TRM,オメガウェーブ社)により右外側広筋の還元ヘモグロビン量(Deoxy-Hb)、心拍数モニター(RS800CX RUN,Polar社)により心拍数(HR)の測定を行った。解析方法は、各条件において運動時のPeak Powerを記録し、Wingate testのものを無酸素Power、CPXのものを有酸素Powerとした。Wingate testにおいてPeak Powerは運動開始後10~20秒の間で発揮されるため、各測定値はその間の平均値を使用した。CPXでは運動終了前の30秒間の平均値をpeak値とした。無酸素性代謝域値(AT)はV-slope法により求めた。また、Wingate testにおけるPeak Power時のV’O2を求め、CPXにおける同じV’O2時のPowerを無酸素性運動時における有酸素Powerとした。統計処理は、各試行のPeak Power,V’O2 peak,VE,HR,Deoxy-Hbの比較には対応のあるt検定を行った。また、無酸素Powerと有酸素Power,V’O2 peak,ATとの関連はPeasonの相関係数を用いた。いずれも有意水準は5%未満とした。無酸素Powerにおける有酸素Powerの割合は、有酸素PowerをWingate test時のPeak Powerで除することで求めた。【倫理的配慮、説明と同意】 ヘルシンキ宣言に基づき、実験に先立ち、全ての被験者に本研究の目的,方法について説明し、実験参加の同意を得た。【結果】 Peak Powerは無酸素性の方が有酸素性に比べ大きく(p<0.01)、V’O2 peakは無酸素性が小さく、Deoxy-Hbは無酸素性が大きく、いずれも有意差(p<0.01)がみられた。VE,HRは共に無酸素性の値が有意に小さかった(p<0.01)。無酸素Powerと有酸素Powerに有意な相関(r=0.66,p<0.05)があり、有酸素Powerが高い人ほど無酸素Powerが高い傾向があった。無酸素PowerとCPX時のV’O2 peak (r=0.54,p=0.054)、AT(r=0.64,p<0.05)の両条件において相関があった。無酸素Powerにおける有酸素Powerの割合は20.3±5.5%であった。【考察】 無酸素Powerは運動開始10~20秒で最大値となり、その後減少がみられた。また、Deoxy-Hbの変化量は大きいが、V’O2 peak,VE,HRは小さく、Peak Power時には十分な酸素供給が行えていないと考えられる。Peak power後から運動終了後にかけてV’O2 peak,VE,HRの著しい増加がみられる。上流での糖の分解が急激に進むと、ピルビン酸が大量に供給されるが、下流のミトコンドリアでのピルビン酸の消費がそれほど増加しないため、乳酸が著しく増加し代謝性アシドーシスとなる。その代償として換気の亢進が生じると考えられる。本研究において、各運動時のPowerに相関があり、無酸素Powerと有酸素代謝能を示すVO2peak,ATに相関がみられた。無酸素性運動時において有酸素代謝能が影響を与えており、有酸素代謝能の向上が無酸素Powerを高める可能性があると考えられる。また、骨格筋の脱酸素レベルとV’O2 peak、筋力とV’O2 peakに強い関与があると報告されており、V’O2 peakを高めるには筋有酸素能の向上も必要と考えられる。無酸素性運動時における有酸素性エネルギー代謝機構の割合は25.3%、48.3%と様々な報告がされている。本研究では20.3%であり、前者の先行研究と近似値を示した。このことから、無酸素性運動時に有酸素性エネルギー代謝機構が20%以上占めていると考えられる。【理学療法学研究としての意義】 無酸素Powerと有酸素能との相関がみられ、無酸素Powerにおける有酸素Powerの割合は20%以上を占めていた。有酸素能の改善が無酸素性の運動能力の向上につながる可能性が考えられる。