抄録
【はじめに、目的】 座位姿勢は、有酸素運動後の心拍減衰時定数(T30)において仰臥位との間に有意に差はなく、臥位と比べてエネルギー消費が3~5%の増加にすぎないと報告されている。椅子の背もたれにもたれる姿勢では安定性が高く、背もたれがないものと比べて姿勢維持のための筋出力が小さいと考えられる。また、呼吸困難の軽減に効果的なリラクセーション肢位として両肘を両膝についた前傾座位があり、この姿勢は有酸素性運動後の心拍数(HR)の回復が、背もたれにもたれた座位と比べて早いということが報告されている。しかし、先行研究のような座位姿勢の違いに着目した研究は、安静期及び有酸素性運動後が主体であり、無酸素性運動後回復期における座位姿勢の違いによるHRの回復や心臓自律神経系への影響については報告されていない。そこで、本研究では間欠的無酸素性運動後回復期における座位姿勢の違いによる心臓副交感神経系活動への影響を明らかにすることを目的とした。【方法】 対象者は心疾患の既往がない健常男子大学生10名(年齢22.0±1.7歳、身長172.7±3.7cm、体重62.6±6.3kg:平均値±S.D.)とした。対象者には、実験前夜からアルコールとカフェインの摂取、激しい運動、実験前2時間以降の飲食をそれぞれ禁止とした。回復期の座位姿勢は、背もたれにもたれる“背もたれあり(B)条件”、背もたれにはもたれない“背もたれなし(N)条件”、両肘を両膝についた“前傾姿勢(F)条件”の計3条件を設定し、それぞれ別日の同時間帯に行った。対象者は、椅子座位にて背もたれにもたれた安静座位を5分以上保持した後、間欠的無酸素性運動として階段昇降を行った。運動様式は、高さ17cmの階段24段を1段ずつ全力で駆け上がり、その後20秒休息を1クールとし、この休息20秒の間に同じ24段の階段を降段する積極的休息をとった。この運動をカルボーネンの式で算出した80%強度の目標心拍数に至るまで繰り返し、到達後すぐにあらかじめ決めた座位姿勢条件を30分間保持した。安静期及び回復期には、呼吸数が15回/minになるように設定したメトロノームに合わせて呼吸を行った。測定項目は安静期と回復期0~30秒、3、4、5、10、15、30分時におけるHR及び心臓副交感神経系活動(HF)、T30とした。心拍変動からMemCalc法を用いて周波数解析を行い、正規化するために自然対数化したlnHFを採用した。【倫理的配慮、説明と同意】 対象者には本研究の目的、方法を説明し書面にて同意を得た。なお本研究は倫理委員会にて承認を得た。【結果】 安静期および運動期において、いずれの値も3条件間に有意差は認められなかった。回復期においてT30は、B条件で181.8±22.2、N条件で202.5±49.0、F条件で154.1±29.9であった。F条件はN条件と比較して有意に低値を示した(p<0.05)。また運動終了後30秒のHRはF条件で139.4±4.0bpmであり、B条件(144.5±3.7bpm)及びN条件(146.5±5.1bpm)と比較して有意に低値を示した(p<0.05)。心臓副交感神経系活動は回復期30分間を通して、3条件間で有意な差は認められなかったが、回復30秒では回復0秒からのHFの変化率がF条件で他の2条件と比較し高い傾向を示し、3~30分のlnHFの推移においてF条件は、N条件及びB条件と比較して低い傾向を示した。【考察】 前傾座位姿勢は、上部体幹を上肢で支えることで体幹筋の肢位保持への寄与が減少し筋酸素摂取量が減少することや、肩甲帯が固定されることで頚部や肩甲帯の呼吸補助筋が有効に作用し、酸素の取り込み量を高く維持し得る状況下にあることが報告されている。このことから本研究においてもHRの回復が早くなったと考えられる。また体幹前傾によって、腹腔内圧が上昇して腹壁の緊張が解かれることで横隔膜が降下し、伸縮が容易になることが考えられる。前傾姿勢において、この呼吸ポンプ作用が増し、1回心拍出量が増加する。これらのことから、酸素の運搬が促進されて運動後の回復が早まり、本研究においても副交感神経系活動の指標であるHFの回復30秒での運動直後からの変化率が高い傾向を示したと考えられる。また、前傾姿勢を長時間取り続けることで、姿勢保持に寄与する体幹や股関節伸筋群の持続的な伸張などによる疲労が推察される。このことから、本研究では有意な差は認められなかったものの、回復3~30分のlnHFがF条件において他の2条件と比較して低い傾向を示したと考えられる。【理学療法学研究としての意義】 無酸素性運動後の回復期において、運動直後のHRの回復や心臓副交感神経系活動の再興奮亢進に前傾座位姿勢は望ましいと考えられた。スポーツ現場では短距離走後の回復、臨床現場や日常生活では階段昇降や自転車を漕いだ後の短時間での回復に前傾座位姿勢を応用することができる。