抄録
【はじめに、目的】 嚥下障害はしばしば高齢者において発症する症例である。脳卒中後遺症などによる中枢性疾患による摂食・嚥下障害や誤嚥性肺炎を起こしやすい高齢の在宅療養者は今後ますます増加すると考えられる。古くから嚥下障害に対しては体位変換、下顎や喉頭や舌骨の運動指導や嚥下食の導入等がなされてきた。また嚥下性肺炎患者では嚥下誘発閾値が上昇していることが観察されている。嚥下閾値を低下させる事は誤嚥性肺炎等を予防するための有効な手段であると考えられる。近年、頚部における経皮的電気刺激が咽頭嚥下障害者における嚥下閾値を低下させるという報告が見られるが、それらは1-120Hzが利用されており、キロヘルツを用いた干渉波刺激による嚥下閾値に関する研究報告は見られない。我々は今回、キャリア周波数2000Hz、治療周波数50Hzの干渉波刺激を経皮的に頚部に与える事により嚥下閾値が低下するか否かを検討することを目的とした。【方法】 被験者は健常成人男子10名で、実験は被験者を45度の傾斜をつけたリクライニング付き車椅子にて座位姿勢をとらせて行った。直径2mm、長さ12cmのシリコンチューブを鼻空より挿入し、先端が下咽頭部にくるように固定し、自動点滴装置により飲用水を注入速度3ml/分で注入した。嚥下運動は舌骨上筋群における表面筋電図および甲状軟骨上での心音計による嚥下音を測定し、表面筋電図と嚥下音が同期することにより診断基準とした。被験者の甲状軟骨をはさんだ部位に経皮電極を一対装着し、キャリア周波数2000Hz、治療周波数50Hzの干渉波刺激装置(ジェイクラフト社製)を用いて干渉波刺激を行った。比較として2000Hzの交流刺激も行った。刺激頻度は被験者が刺激痛を感じずにわずかに振動を感じるような刺激頻度を用いた。刺激パターンは無刺激(5分間)、刺激(5分間)、無刺激(5分間)と無刺激(5分間)、無刺激(5分間)、刺激(5分間)をランダムに割り付け、各被験者に連続して15分間の測定をダブルブラインドテストとして行った。統計処理はANOVAおよびpost-hoc Bonferroni/Dunnテストにより行い、5%の危険率をもって有意差とした。【倫理的配慮、説明と同意】 対象者には実験に先立ち、兵庫医科大学倫理規定に基づき、本研究の目的、方法および実験参加により起こりうるリスクについて十分な説明を行い、研究参加の同意をえて行った。【結果】 2000Hzの干渉波刺激による5分間の嚥下回数(24.1±2.6)は2000Hzの交流波刺激による嚥下回数(21.0±2.8)より有意に高い値を示した。また、干渉波刺激後の嚥下回数(24.1±2.6)は刺激前値(20.6±2.3)および刺激終了後(20.6±1.4)より有意に高い値をしめした。刺激前置と刺激終了後の値には差は見られなかった。【考察】 我々は健常被験者において頚部におけるキャリア周波数2000Hz、治療周波数50Hzの経皮的干渉波刺激が嚥下閾値を低下させる事を観察した。後期高齢者社会を迎えるわが国では今後、ますます嚥下障害患者やそれにともなう誤嚥性肺炎患者の増加が考えられる。これらの患者の治療補助や誤嚥性肺炎を発症する可能性のある高齢者の予防のためにも嚥下性閾値を低下させる事は非常に有効な手段と考えられる。今後は更に臨床研究を重ねる事により効果を実証していくつもりである。【理学療法学研究としての意義】 理学療法士にとって脳卒中後遺症などによる中枢性疾患による摂食・嚥下障害や誤嚥性肺炎を起こしやすい高齢の在宅療養者を対象とする機会は今後ますます増加すると考えられる。様々な理学療法手技をとりおこなう上で、今回我々が開発研究した干渉波を利用した嚥下閾値に及ぼす好影響は、理学療法をとりおこなう上での補助手段として非常に有用であると考えられる。また、高齢者の嚥下障害予防の観点からも利用価値が高いと考えられる。刺激装置がコンパクトなタイプであるため、ベッドサイドや在宅での指導も可能である。