理学療法学Supplement
Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
会議情報

テーマ演題 口述
複合的運動プログラムは健忘型軽度認知障害を有する高齢者の二重課題遂行能力の改善に効果があるか?
─ランダム化比較試験による検討─
牧迫 飛雄馬島田 裕之土井 剛彦吉田 大輔堤本 広大上村 一貴阿南 祐也大矢 敏久鈴木 隆雄
著者情報
キーワード: 認知機能, 反応時間, 記憶
会議録・要旨集 フリー

p. Ac0397

詳細
抄録

【はじめに、目的】 軽度認知機能障害(mild cognitive impairment: MCI)の高齢者はアルツハイマー病へ移行しやすく、とくに記憶低下が顕著な健忘型MCIでそのリスクが高い。近年、MCIの改善や認知症発症予防を目的とした有酸素運動をはじめとする運動介入効果が検証されている。また、認知機能の低下した高齢者に対する運動介入方法のひとつとして、二重課題下での運動の有用性が報告されている。しかし、より効果的な成果を得るためには、運動および認知機能を含め様々な要素を取り入れた複合的なプログラムが有用であろうと考える。そのような観点から、我々は有酸素運動を中心として二重課題下での運動、記憶や思考を賦活する運動課題などを取り入れた複合的運動プログラムをMCI高齢者に対して実践し、認知機能の一部に良好な効果が得られることを確認してきた。本研究では、健忘型MCIを有する高齢者に対する6か月間の複合的運動プログラムが二重課題遂行能力の改善に効果があるかをランダム化比較試験にて検討した。【方法】 主観的な記憶低下の訴えがある、もしくはClinical Dementia Ratingが0.5の地域在住高齢者で健忘型MCIに該当した50名(平均年齢76.0±7.1歳、男性27名)を運動群(n=25)と講座群(n=25)に無作為に割り付けた。健忘型MCIの判断基準は、日常生活に支障がなく全般的な認知機能が保たれており(MMSEが24点以上)、ウエクスラー記憶検査による論理的記憶に低下(教育年数を考慮)を認めた者とした。重篤な神経疾患や脳血管疾患の既往者は除外した。運動群では有酸素運動、筋力トレーニング、バランス、記憶や思考を賦活する課題を付加した運動、二重課題条件下での運動を取り入れた複合的運動プログラムを実施した。二重課題条件下の運動では、計算や単語想起などの認知課題を付加した段差昇降運動や異なる運動の継続、切り替えが要求される複雑課題などを取り入れた。運動プログラムは1回90分、週2回、6か月間(計40回)実施した。講座群では、介入期間中に健康講座を2回開催した。介入前後に運動機能(握力、開眼片足立ち時間、5m最大歩行速度)、二重課題遂行能力を評価した。二重課題遂行能力は、二重課題条件下での反応時間(reaction time: RT)で評価した。RTは前方に呈示された光刺激に対して手で把持したボタンをなるべくはやく押すまでの時間を計測し、二重課題条件下でのRTは運動課題(その場で足踏み)を付加した条件および認知課題(数字の逆カウント)を付加した条件で計測した。いずれの条件ともに練習試行後に3回ずつ計測し、その平均値を個人の代表値とした。分析では、介入前の各変数の群間比較に対応のないt検定、χ2検定を用いた。群内で介入前後の変化を調べるために対応のあるt検定、介入効果の検証に群を要因とした繰り返しのある一元配置分散分析を用いた。【倫理的配慮、説明と同意】 国立長寿医療研究センター倫理・利益相反委員会の承認を受けて実施した。対象者には本研究の主旨および目的を口頭と書面にて説明し、同意を得た。【結果】 47名が介入前後の検査を完遂した(運動群1名、講座群2名が脱落)。運動群のプログラム参加率は平均86.9%であった。介入前はすべての変数で有意な群間差は認められなかった。運動機能では、介入前後で講座群の最大歩行速度が有意に低下し(介入前1.64±0.29m/s、介入後1.57±0.28m/s、p=.04)、群による有意な交互作用を認めた(F=5.9、p=.02)。二重課題遂行能力の評価については、運動群で運動課題を付加した条件でのRTが介入後に改善傾向を示したものの(介入前286.0±87.3ms、介入後262.2±56.1ms)、群内での介入前後の変化(p=.07)および介入効果を示す交互作用(F=3.3、p=.07)ともに有意ではなった。【考察】 複合的運動プログラムは健忘型MCI高齢者の最大歩行速度の改善に効果があったが、二重課題遂行能力の改善に十分な効果を示すことができなかった。身体機能の改善は課題特異性に依存することが報告されており、二重課題遂行能力の改善を主目的とするのであれば、その要素をさらに強めたプログラムが必要となるのかもしれない。しかし、本研究では6か月間で85%以上の高い参加率であり、運動への意欲や継続といった側面からは本研究で用いた多面的かつ複合的な要素による運動プログラムの構成が必要であると考える。本研究の複合的運動プログラムにおいては、二重課題によって注意配分能力に負荷を課す量的な統制ができていないため、今後は効果を得ることのできる頻度や強度についての検証を深めていく必要がある。【理学療法学研究としての意義】 本研究は、国際的にもエビデンスが確立されていない健忘型MCI高齢者に対する運動介入効果を質の高い研究デザインで確認した結果であり、理学療法の基礎となる運動を中心とした介入方法を考えるうえで意義のある示唆を含むものと考える。

著者関連情報
© 2012 公益社団法人 日本理学療法士協会
前の記事 次の記事
feedback
Top