理学療法学Supplement
Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
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一般演題 口述
正常圧水頭症に対する髄液シャント術前後の身体機能と認知機能、転倒恐怖心の変化
二階堂 泰隆佐藤 久友黒田 健司朝日 梨恵河辺 美岐太田 善行高山 竜二大野 博司梶本 宜永佐浦 隆一
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p. Ba0965

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抄録
【はじめに、目的】 特発性正常圧水頭症(iNPH)は小股ですり足歩行のため転倒経験を有する者が多く、転倒に対する恐怖心が強い。iNPHの外科的治療のひとつに髄液シャント術があり歩行障害と認知障害の改善を目的に実施される。しかし、髄液シャント術により身体機能は改善しているが転倒恐怖心が残存している場合があり、認識のずれから術後即座に日常生活動作(ADL)が向上しないことも多い。高齢者の生活範囲を狭小化させる因子のひとつとして転倒恐怖心が報告されているので、ADL拡大を促すためには術後患者の転倒恐怖心を調査し、身体機能や認知機能との関係を明らかにする必要がある。そこで、今回、髄液シャント術前後のiNPH患者の身体機能と認知機能、転倒恐怖心の変化を検討した。【方法】 対象は2010年4月から2011年9月までに当院でiNPHと診断され髄液シャント術を施行された患者15名(男性9名、女性6名、平均年齢77.1 ±4.6歳)である。評価は術前(入院時)と術後1週目(退院時)に実施した。身体機能として動的バランス能力の指標であるTimed Up and Go(TUG)、姿勢安定度評価指標(Index of Postural Stability : IPS)と下肢筋力を測定した。TUGは再現性が高い最大歩行速度で測定した。IPSは重心動揺計(zebris PDM-S)を用いて、身体を前後左右に最大限に移動させた場合の安定域面積と重心動揺面積を計測し算出した。下肢筋力は徒手筋力測定器(microFET2)を用いて端座位での両側大腿四頭筋の筋力を測定し、その値を体重で補正した。なお、身体機能評価は1回の練習後3回測定し平均値を算出した。認知機能はMini Mental State Examination(MMSE)、Frontal Assessment Battery(FAB)、Trail Making Test-A(TMT-A)にて評価した。転倒恐怖心はTinettiらが開発したADLに対する転倒恐怖心の程度を10項目の合計10~100点とするFall Efficacy Scale(FES)にて評価した。統計解析は術前後の変化を比較するため、対応のあるt検定、wilcoxon符号順位検定を用い有意水準は5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は大阪医科大学倫理委員会の承認を得ている。また、実施にあたり対象患者と家族に研究の主旨を口頭および書面にて説明し文書にて同意を得た。【結果】 術前後の身体機能の変化はTUGが19.3±7.3秒から15.7±5.6秒 (P<0.01)へ、IPSが0.65±0.69から0.98±0.69 (P<0.01)へとそれぞれ有意な改善を認めた。一方、大腿四頭筋の筋力は右2.67±0.49 N/kgから2.59±0.61 N/kgへ、左2.47±0.48 N/kgから2.6±0.64 N/kgと変化はなかった。認知機能の変化はMMSEが24.3±4.7点から25.5±3.8点、FABが11.3±3.5点から12.3±3.6点であり術前後で差はなかったが、TMT-Aは108.5±71.6秒から90.2±73.1秒(P<0.05)へと有意な改善を認めた。一方、FESは34.7±15.2点から34.6±11.4点へと変化なく、術後も転倒恐怖心は残存していた。【考察】 iNPHは側脳室前角の拡大による前頭葉機能障害が特徴的であり、それが歩行障害や認知障害等を引き起こすと言われている。今回、髄液シャント術後に動的バランスの指標であるTUGやIPSと前頭葉機能検査であるTMT-Aに有意な改善を認めたが、下肢筋力には変化がなかった。このことから、動的バランス能力の改善には前頭葉機能の改善が関係している可能性が示唆される。一方、転倒恐怖心に関しては術後もその程度に有意な変化は認めなかった。転倒恐怖心は過去の経験や環境の影響を受けると考えられているので、今回の髄液シャント術では即時的な改善が得られなかった可能性が高い。以上より、術後1週間という短期間では髄液シャント術による効果は即時的な動的バランス能力や前頭葉機能の改善に留まり、転倒恐怖心は払拭されないことが明らかとなった。よって、iNPH術後患者には、転倒恐怖心を考慮した身体能力と自己認識を一致させるような継続的な介入が必要であることが示唆された。【理学療法学研究としての意義】 今回、iNPHに対する髄液シャント術後に動的バランス能力や前頭葉機能を反映するTMT-Aに改善がみられたが、転倒恐怖心は残存したまま治療終了していることが明らかとなった。今後は転倒恐怖心を考慮した身体能力と自己認識を一致させるための継続的な介入が必要である。
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© 2012 公益社団法人 日本理学療法士協会
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