抄録
【はじめに、目的】 急性期病院での入院患者の移動手段を決定する上で理学療法士の評価は重要である。回復期、維持期での脳卒中片麻痺患者(以下、片麻痺)についてBerg Balance Scale(以下BBS)と歩行自立度の検討はなされているものの、急性期病棟における検討は少ない。回復期以降で歩行自立とするBBSカットオフ値は臼田ら40点、丹羽ら35点とばらつきがあった。我々は第29回関東甲信越ブロック理学療法士学会でBBSが40点を超えていても病棟歩行を自立と判断できなかった症例は高次脳機能障害を伴う場合と、BBSの段差踏み変えで介助が必要な場合であったと報告した。本研究の目的は急性期脳梗塞患者の病棟歩行を自立と判断する要素に実際に歩行させる検査を加えて検討することである。【方法】 対象は2009年4月から2011年8月までに当院に入院し、理学療法を実施した急性期脳梗塞患者の中で、失調症、両側片麻痺、既往に脳血管障害、ADLを著しく損なうような整形外科疾患、心疾患、呼吸器疾患がなく、BBS、TUG、10m最速歩行を評価できた40名とした。年齢は71.0±9.4歳、男性25名、女性15名であった。病型はアテローム型18例、ラクナ型19例、心原性型3例であった。障害側は右片麻痺22例、左片麻痺18例であった。歩行自立度は病棟トイレ歩行の可否を基準にFIMの自立、修正自立に分類されたものを自立群、その他に分類されるものを非自立群とした。自立群は22例、非自立群は18例であった。BBS、TUG、10m最速歩行の評価は、歩行練習開始時点とした。発症から評価までの平均日数は9.5±8.0日であった。自立、非自立群を従属変数とし、BBS、TUG、10m最速歩行、年齢、病型(アテローム型、ラクナ型、心原性型)、障害側(右片麻痺、左片麻痺)、高次脳機能障害の有無、臥床による廃用の影響を検討するために発症から安静度が立位までの日数、立位練習開始から歩行練習開始までの日数を独立変数としてロジスティック回帰分析を行った。選択された要素からROC曲線を作成し、カットオフ値を算出した。また自立、非自立群を従属変数とし、BBSの下位項目を独立変数としてロジスティック回帰分析を行った。統計にはSPSSを使用し、危険率5%を用いた。【倫理的配慮、説明と同意】 各評価実施時には内容、目的を十分に説明し、データ処理の際に個人が特定できないように氏名、生年月日を削除して行った。【結果】 ロジスティック回帰分析により歩行自立度に関与する要素はBBS、高次脳機能障害の有無が選択された。ROC曲線において適合度を示すArea under the curve(以下AUC)はBBSが0.90、高次脳機能障害有無が0.73であった。BBS のカットオフ値は50点であった。感度は90%、特異度は78%であった。BBS下位項目では一回転、段差踏み変えが選択された。AUCは一回転が0.83、段差踏み換えが0.84であった。カットオフ値は両項目とも4点であった。一回転の感度は77%、特異度は77%であった。段差踏み換えの感度は95%、特異度で73%であった。【考察】 病棟歩行自立と判断するために、身体機能面では立位バランスや歩行の安定、認知機能面では障害物に対する危険回避能力が重要である。諸家により、バランス能力の指標としてBBS、TUG、10m最速歩行と自立度の関連性は報告されている。急性期ではBBSが実際に歩行するTUG、10m最速歩行に比べて強く影響を与えているものとなった。その理由としてBBSが静的バランス、動的バランスが組み合わさった複合的な評価項目を含んでいることが挙げられる。短時間で評価課題に集中した状態での直線10m歩行だけでは注意障害や左半側空間無視、地誌的見当識障害などの高次脳機能障害が顕在化しない可能性がある。病棟での日常的な歩行では「周囲環境や自らの身体に対して注意の持続性・転換性・配分性が低い」、「左側の障害物に気付かずぶつかってしまう」、「道に迷う」などの危険回避能力が欠如しやすい状態である。課題として集中して歩行している時と日常時での歩行の間では高次脳機能障害の影響に乖離があると考えた。また急性期においてはカットオフ値が50点と回復期以降の報告と比較すると高値となるものの、感度、特異度からその有用性はあると考える。下位項目では一回転、段差踏み変えの項目が歩行自立度に関連していた。いずれの項目も支持基底面を連続的に変換させる運動課題であり、バランス能力として歩行により近い項目が選択されたことになる。【理学療法学研究としての意義】 急性期片麻痺患者における歩行自立度を判断する一助として、病棟での過剰な活動度抑制や転倒リスクを減らすことに寄与するものと考える。