抄録
【はじめに、目的】 近年、脳卒中患者の歩行自立を考慮するさいに、注意機能などの認知面への着目が増えている。歩行時に課題を課すことで、歩行速度の低下や麻痺側歩幅の減少などパフォーマンスの低下が生じるという報告が多い。多くの先行研究では10m程度の課題歩行による検討が行われているが、実生活での歩行は短距離に限定されるものではない。そこで、今回、1分間の計算課題を歩行と同時に行い、課題の有無が歩行動作に与える影響を調査した。さらに歩行速度の変化に加え、歩行自立度と関連する指標といわれている歩行率変動を同時に測定し、課題が歩行周期の変動に与える影響も調査する。【方法】 対象は健常者14名(27.4±4.1歳)及び当センターで病棟内歩行が自立している脳卒中患者(以下:患者群)11名(64.6±7.0歳、右片麻痺6名・左片麻痺4名・麻痺なし1名、脳梗塞6名・脳出血5名、下肢Br-stage III 1名・IV 2名・V 6名・VI 1名、平均罹病期間460.5±888.6日)とした。歩行は一辺が10mとなる正方形の歩行路で2分間の快適歩行を行い、最初の1分は課題なし(Single-task歩行:ST歩行)、2分目に計算課題(Dual-task:DT歩行)を行った。計算課題は予め「15」という数字の記憶を対象者に求め、歩行中に検者が言う数字を「15」から減算し、答えを発声してもらい、会話形式で行った。歩行率変動の計測には加速度センサーを用い、歩行率の平均値と標準偏差から変動係数〔(標準偏差/平均値)×100〕を求めた。統計学的解析は、ST歩行・DT歩行での歩行速度と歩行率変動に関して、各群内で対応のあるt検定を行った。また、歩行速度とST歩行・DT歩行での歩行率変動の差(⊿歩行率変動)の関係について回帰分析を用いて検討した。いずれも有意水準を5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 全ての参加者において事前に研究の趣旨、実施内容の説明、プライバシー及び個人情報の保護を説明し同意を得た。【結果】 1.歩行速度の変化:健常者のST歩行速度は77.3±7.9m/min、DT歩行では74.1±8.1m/minで、DT歩行で速度は有意に低下していた(p<0.001)。患者群ではST歩行速度は40±20.1m/min、DT歩行速度は38.9±19.1m/minで、DT歩行で低下する傾向にあった(p=0.056)。2.歩行率変動の変化:健常者の歩行率変動はST歩行で2.3±1.2%、DT歩行で1.8±0.4%で差は認められなかった。患者群ではST歩行で4.3±1.3%、DT歩行は6.5±4.5%を示したが、差は認められなかった。3. DT歩行速度と歩行率変動の関係:健常者では有意な関係はみられなかった。患者群では、歩行速度が遅い者ほどDT歩行時の歩行率変動が大きい傾向が示された(y=7.93-0.15x, r=0.666、p<0.05)。【考察】 先行研究より課題時間を長く設定したところ、1分間の計算課題を伴う歩行では、健常者・脳卒中患者ともに課題遂行のために歩行速度を低下させる傾向にあることがわかった。この結果は諸家の報告と合致している。健常者・脳卒中患者とも歩行率変動では、課題の有無による違いは認められなかったものの、脳卒中患者においては、歩行速度が遅い者ほど二重課題により歩行率変動が増大することが明らかになった。平地歩行自立と判断された患者の中でも、歩行速度が遅いものでは歩行と計算に注意を分散することで、歩行リズムのばらつきも生じやすいと考えられる。ゆえに、今回の対象者よりも歩行能力の低い歩行非自立者では、二重課題と類似した条件下においた場合に、歩行速度のみならず歩行率変動も大きく変化し、転倒の危険性が高くなる可能性が示唆された。【理学療法学研究としての意義】 本研究の結果から、脳卒中歩行自立者の中でも、歩行速度が遅いものでは二重課題により歩行周期の変動が増大することがわかった。歩行自立度を判定し転倒の危険を予測する上で、従来の歩行能力の評価に加えて、注意機能などを考慮するために、課題による歩行動作への影響やその変化を評価することも重要と考える。