抄録
【はじめに、目的】 当院では、院内での歩行自立を判定する際、身体機能面と認知機能面の評価を行っている。その各種データを基に、主担当者と3年目以上の理学療法士(以下PT)2名以上と検討し歩行自立を判断している。身体機能面では10m最大歩行速度、Timed Up and Go Test(以下TUG)、Functional Balance Scale(以下FBS)、患側荷重率を計測している。認知機能面は改訂長谷川式簡易知能評価スケール(以下HDS-R)、Mini-Mental State Examination(以下MMSE)、日本版レーブン色彩マトリシス検査(以下RCPM)を検査している。それに加えて、全体的脳機能低下、半側空間無視、注意障害の重症度を考慮している。上記の評価項目が先行研究を参考としたカットオフ値に至らなかったとしても、総合的に歩行自立の可否を検討・判断をしている。しかし、歩行自立と判定された後に院内で転倒事故を起こしている症例がいる。そこで今回、歩行自立判定後の転倒者と非転倒者との身体機能、認知機能についての比較に加え、転倒時の状況分析を行い、歩行自立判定方法についての課題を検討した。【方法】 対象は2010年4月1日~2011年3月31日までの期間内にて病棟内歩行自立と判定した当院入院患者110名(男性56名、女性54名)とした。平均年齢70.5±12.3歳であり、疾患の内訳は脳梗塞62名、脳出血33名、くも膜下出血5名、その他10名であった。病棟内歩行自立判定後、転倒した患者転倒群、転倒しなかった患者を非転倒群とした。調査項目としてカルテより、10m歩行速度、TUG、FBS、HDS-R、MMSE、RCPM、Functional Independence Measure(以下FIM)を調査し、転倒群と非転倒群で比較した。統計処理は、t検定を用い、有意水準を5%未満とした。また、転倒群に関しては、転倒時に提出されたインシデント・アクシデント報告書の分析を行った。【説明と同意】 倫理面の配慮として、個人が特定できる情報は削除し、個人の同定を全く不可能とした。またデータは施錠のできるところに保管し、情報の分析に使用されるコンピュータを含め十分に注意を払った。【結果】 転倒群16名、非転倒群94名であり、転倒率は16.8%であった。自立判定項目である10m歩行速度、TUG、HDS-R、MMSE、RCPMにおいて有意差はみられなかったが、FBS項目(転倒群 42.1±8.8、非転倒群47.1±6.6)において有意差がみられた(p<0.05)。FIM項目の排尿(転倒群転倒群5.3±2.1、非転倒群6.2±1.5)、排便(転倒群5.0±1.6、非転倒群5.8±1.3)、総合計(転倒群 96.8±17.4、非転倒群104.6±13.2)において有意差がみられた(p<0.05)。インシデント・アクシデント報告書より、転倒回数は延べ26件であり、複数回転倒者は5名(31.3%)であった。場所は「病室」が15件(57.7%)、動作としては「歩行動作」が7件(26.9%)、「移乗・起立動作」「立位での動的動作」が6件(23.1%)、目的として「病棟トイレへの移動する際」が8件(30.1%)であり、転倒の仕方は「座り込む・尻餅をつく」が15件(57.7%)であった。【考察】 歩行自立判定後の転倒率は16.8%であった。先行研究では、病棟内歩行自立後の転倒者の割合は13~16%であり、当院の転倒率と類似した結果となり、現在の歩行自立判定方法として一定の基準はみなしているといえる。身体機能評価としてFBSにおいて有意差がみられている。望月やUsudaらの報告によると、40~45点が屋内歩行自立の目安としている。Bergらはカットオフ値を45点と提唱している。また、転倒リスクの構想的概念妥当性として、歩行器使用者33.1点、屋内杖歩行者45.3点と歩行レベルによって得点に有意差がみられると報告されている。諸家の報告によって、カットオフ値は微妙に異なっているが、当院ではカットオフ値を40点とし、その他の歩行自立判定項目と合わせて総合的に判断している。FBSにおいては、歩行様式を考慮して非転倒群と比較しカットオフ値を検討する必要があると考えられる。また、今回の結果より病室での転倒が半数以上であり、リハビリ室内での評価だけでは確実な転倒予測は不十分であり、病室における日常生活動作の中での転倒予測が不十分である可能性が示唆される。今後の課題として、患者の日常生活動作を客観的に捉え、歩行自立判定に組み込むことで転倒率の軽減につながるかどうかを検討したい。また、FIMにおいての排尿と排便の項目に2群間で有意差が認められたこと、「病棟トイレへの移動する際」での転倒が多かったことから、排尿・排便コントロールと転倒との関係が示唆され、転倒と排泄との関係性については検討課題として挙げられる。【理学療法士研究としての意義】 歩行自立判定は理学療法士としての専門性が高く、信頼性や客観性を求められる。今後、FBSのカットオフ値や日常生活動作を考慮した検査項目を検討することにより、より精度の高い歩行自立判定方法になることが期待できる。