理学療法学Supplement
Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
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一般演題 ポスター
慢性期脳卒中片麻痺症例の手指に対する認知課題が運動機能回復に与える効果
─指腹つまみでの重量覚識別課題による検討─
大植 賢治富永 孝紀市村 幸盛河野 正志湯川 喜裕森岡 周
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p. Bb0778

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抄録

【目的】 我々は書字動作の紙を押さえるという手指の運動機能回復には,示指または中指で紙と摩擦に応じた肢位を保持するための運動単位を動員し,触覚と運動を同時に認知させる必要性があると報告した(大植 2010)。今回,先行研究での運動制御に加え,母指と示指との運動の関係性と物体の重量を同時に認知する必要がある指腹つまみでは,重量を含めた複数の感覚モダリティの認知を伴う運動が必要であると仮説立てた。本報告では,指腹つまみの運動制御を目的として考案した認知課題を実施した慢性期脳卒中片麻痺3症例の運動機能回復の経過から,本課題の有効性を検討した。 【方法】 症例は内包・放線冠領域の梗塞により左片麻痺を呈した3症例で,以下に年齢,性別,本課題による介入期間の順に示す。症例a;70歳代女性,発症後46~55ヶ月の9ヶ月間。症例b;60歳代女性,発症後16~22ヶ月の6ヶ月間。症例c;50歳代男性, 発症後18~19ヶ月の1ヶ月間。介入前の運動機能は母指・示指屈筋のModified Ashworth scale(MAS)が3症例ともに0であった。Fugl Meyer assessment(FMA)の手指は,症例aでは3点,症例bでは7点,症例cでは12点であった。指腹つまみは3症例ともに困難であった。手指の関節覚,触覚(素材・摩擦),手指屈伸の重量覚は,3症例ともに認知可能であった。次に,複数の感覚モダリティ(触覚,運動覚,重量覚)の認識を伴う運動機能を評価する課題を考案したので以下に示す。課題は3~5cm(3~5g)の木製直方体(以下,木)の中で,各症例が保持可能である木を指腹つまみの肢位で保持させ,木の上の錘(3g)の位置を識別させる課題1と,木の上の錘(4,6,8,10g)の重量を識別させる課題2とした。課題1では指腹に生じる摩擦の変化への注意を求めた。課題2では錘の重量の変化に応じた指腹の摩擦の変化と運動単位の動員増減への注意の分配を求めた。症例aは4または5cmの木を保持可能で,課題1では錘の位置を識別可能であり,課題2では4gの錘の保持が運動単位の動員不足により困難であった。症例bは5cmの木を保持可能で,課題1では錘の位置を誤認し,課題2では10gの錘まで保持は可能だが,重量を軽く誤認していた。症例cは4または5cmの木を保持可能で,課題1では錘の位置を誤認し,課題2では10gの錘まで保持は可能だが,重量を軽く誤認し,運動単位の動員減少を指示すると動員過少となり,木の保持が困難であった。病態解釈として症例aは,木を保持するために指腹と木の間に生じる摩擦への注意は可能であったが,重量の差異を認知するための運動単位の動員増加が困難であった。症例bは木を保持するための運動単位の動員増加へ注意を向け,動員過多となり重量を軽く誤認していた。症例cは木や錘の保持は可能であるが,摩擦へ注意を分配する際に運動単位の動員増減の制御が困難であり,重量を誤認していると解釈された。よって治療仮説としては,指腹と木との摩擦という触覚や重量覚の認知に注意の分配を求めた運動単位の動員増減の識別課題から,運動の予測が必要な識別課題へと段階付けていくことで物体に対する指腹つまみが可能になるのではないかと考えられた。各症例に対する治療としては,症例aでは重量の差異の認知と,最小限の運動単位の動員増加を制御させること,症例bでは運動単位の動員に適切に注意を分配し重量を認知させること,症例cでは摩擦への適切な注意の分配に基づいて運動単位の動員増減を制御させることを考慮して実施した。【説明と同意】 本報告の実施に際し,村田病院倫理審査会公認の書面にて被験者に実験の主旨を説明し,参加の同意を得た。【結果】 3症例ともに全ての木において指腹つまみを保持し,課題1と課題2の識別が可能となった。また,FMAの手指は症例aでは11点,症例bでは8点,症例cでは13点へと向上し,特に指腹つまみの項目で改善を認めた。【考察】 本課題による症例の指腹つまみの改善には,物体の重量を認知するための運動単位の動員を最小限に制御させることに加え,分配させる注意を摩擦や運動単位の増減など各症例の認知機能の異常の個別性に応じて変化させていく(Sharma 2010)ことが重要であると考えられた。【理学療法学研究としての意義】 慢性期脳卒中片麻痺症例の指腹つまみの運動機能回復を目的とした具体的な治療の報告は少ない。本報告の意義は,指腹つまみという手指の運動機能回復に向けた治療を展開する際に有効な認知課題を示唆したことである。

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© 2012 公益社団法人 日本理学療法士協会
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