抄録
【はじめに、目的】 A型ボツリヌス毒素(以下、BTXA)は、ボツリヌス菌により産生されるBTXAを有効成分とする筋弛緩剤である。脳卒中ガイドライン2009ではレベルAとして推奨されており、2010年には成人の上下肢の痙縮が保険適応となり、BTXAの投与によって痙縮が緩和され、リハビリテーションの促進が期待されている。一方、麻痺筋への電気刺激の効果として、標的筋の筋力増強と相反抑制による拮抗筋の筋緊張抑制が報告されている。今回、重度の痙縮を呈した維持期の脳出血患者の腓腹筋・後脛骨筋にBTXAを筋注した後、前脛骨筋への電気刺激を実施した。BTXAと電気刺激の併用治療が痙縮に及ぼす影響について症例を通して報告する。【方法】 対象は脳出血後遺症左片麻痺患者。年齢52歳。発症2008年2月11日。評価は下肢運動麻痺Fugl Meyer Assessment(以下、FMA)(15/34)、足関節底屈筋群Modified Ashworth Scale (以下、MAS)股関節2、膝関節2、足関節3、足関節背屈ROMは膝屈曲位5°、膝伸展位0°、Wisconsin Gait Scale(以下、WGS)(21/44)、10m歩行スピード15秒、FIM(122/126)。日常生活ではT字杖使用し屋内・屋外歩行自立され車の運転も可能なレベル。BTXAは腓腹筋・後脛骨筋に対しそれぞれ50単位実施。筋注翌日より12日間毎日電気刺激を行った。電気刺激には当院で考案した手指装着型電極Finger Equipped Electrode(試作開発OG技研、以下FEE)を用いた。FEEとは絶縁素材よりなる指サック状をしており、FEEを装着した治療者が指腹部分を患者に触れることで電気刺激を加えることが可能となる。特徴としては治療者が電気刺激のタイミングをコントロールできる点と、触診しながら電気刺激を加える事で意図した筋群への選択的な電気刺激が可能な点である。刺激部位は前脛骨筋とし、50回を2セット足関節背屈に対し随意運動に合わせて実施した。また低周波刺激装置にはOG技研社製PASシステムGD-601を用い、通常の低周波刺激を加えるノーマルモードにて周波数は30Hzで行った。訓練前後にFMA、MAS、ROM、歩行時の前脛骨筋・腓腹筋の活動を表面筋電図にて評価を行った。表面筋電計には、マッスルテスターME3000P(Mega Electronics社製)を用い、日本光電社製ディスポ電極Lビトロードを用いて筋活動を計測した。得られたデータから専用解析ソフトを用いて各筋群の原波形を記録した。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究はヘルシンキ宣言に基づいたものであり、症例には本研究の目的及び予測される効果について十分な説明を行い、同意書に署名を得て実施した。【結果】 FMA(15/34)は変化なく、足関節底屈筋群のMAS股関節2から2、膝関節2から1+、足関節3から2、足関節背屈ROMは膝屈曲位5°から15°、膝伸展位0°から10°。WGSは(21/44)から(20/44)。また、歩行時の筋活動では訓練後に立脚初期時の前脛骨筋の波形の増加、腓腹筋波形の減少がみられた。【考察】 BTXAとFEEをもちいた電気刺激(以下、FEE-ES)により痙縮・足関節随意運動の改善をみた症例を経験した。一般的にBTXAを注射すると2~3日で脱力が出現し始め、1週間程度で効果は最大となり、およそ3か月効果が持続するといわれている。今回BTXAの効果が最も効いていると考えられる期間にFEE-ESを実施することで、前脛骨筋から腓腹筋へのIa相反抑制が出現し、腓腹筋から前脛骨筋へのIa相反抑制が減少し、痙縮抑制につながった可能性が考えられる。加えて、随意運動に合わせた電気刺激により前脛骨筋の随意性改善に働きかけたことも有効であったのではないかと考える。本症例においてBTXAの補助療法としてのFEE-ESは有用であり、下肢の痙縮および尖足の治療により、関節拘縮・変形の予防・軽減が期待できる可能性があると考える。【理学療法学研究としての意義】 1症例から得られた結果であるため、その有益性については今後更に症例数を増やしてその効果を検証する必要がある。更に研究が進めば麻痺筋の随意性向上と痙縮抑制を獲得するひとつの手段として治療に反映できるのではないかと考える。