抄録
【はじめに、目的】 近年、不眠や過眠などの睡眠障害が社会問題となっている。先行研究によると、震災や事故など強いストレスイベントは、不安や抑うつなどの精神状態の悪化を引き起こし、睡眠の量と質を低下させることが報告されている。睡眠は、ほとんどの生物にとって健康を維持するために重要かつ不可欠な活動である。睡眠障害は、注意力や欲動の低下を引き起こし、日常生活活動における身体活動や動きの質に影響を及ぼすことが知られている。睡眠障害の治療は、薬物療法をはじめ心理療法やリラクセーション法など種々の方法が実施されている。主に北欧で実施されているBasic Body Awareness Therapy(BBAT)は、不安障害や抑うつなどの精神疾患患者に適応され、心身のバランスを調整する運動療法のひとつである。BBATは、1970年代から精神保健領域の理学療法として主に北欧で発展し、体系づけられてきた。BBATは、神経疾患や運動器疾患のみではなく、統合失調症や拒食症、心身症など精神疾患に対しても実施され、その効果が報告されているが、睡眠障害に対する成果報告はない。本研究の目的は、睡眠活動に対するBBATの効果を明らかにすることである。【方法】 対象は、2011年9月に甲南女子大学に所属し、本研究の目的について十分な説明を行い、ボランティアとして研究参加に文書で同意が得られた主観的睡眠障害がある学生15名(平均年齢20.8±0.7歳)であった。方法は、睡眠活動の状態を把握するためにスリープスキャン(タニタ社製 SL-501)を使用して夜間時睡眠の量的データ(睡眠時間、寝付きまでの時間、寝返り回数、深い睡眠の割合、睡眠得点)を収集し、睡眠の質についてはVisual Analogue Scale VASを用いたアンケート(よく寝た感、朝のすっきり感)を介入翌朝に実施した。BBATの介入は、連続3日、1回の介入は約60分、グループセラピーを実施した。BBATの主な内容は、リラクセーション、臥位ストレッチング、座位バランス、立位バランス、歩行運動で構成した。得られた睡眠に関するデータは、BBATの介入前後で量的、質的データを対応のあるt検定およびウィルコクソン符号順位検定を用いて解析した。なお、すべての解析において統計学的に有意な確率は両側検定で5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 対象はすべてボランティアとし、対象者には研究の趣旨を十分に説明し、文書による同意が得られた場合において実施対象とした。なお、本研究は神戸学院大学ヒトを対象とする研究等倫理委員会の了承を得て実施した。【結果】 睡眠の量は、BBAT実施前後のt検定の結果、寝付き時間(介入前22.4±30.0分、介入後8.2±5.5分、p<0.05)と深い睡眠の割合(介入前29.8±13.9%、介入後38.6±16.3%、p<0.05)に有意な値の変動が認められた。睡眠の質は、朝のすっきり感(介入前5.1±3.8、介入後3.2±2.7、p<0.05)に有意な値の変動が認められた。その他の成績に有意な値の変動は認められなかった。【考察】 睡眠障害は、日中の活動性や生活リズムなどを低下させる要因となる。活動性や生活リズムの低下は、生活習慣の変調をきたし、心身の不調を引き起こす。本研究は、スリープスキャンを使用したことにより、睡眠活動中の量的データを効率的に収集できた。介入前後で有意差が認められた寝付き時間と深い睡眠の割合は、睡眠障害に関わる重要な項目である。また、睡眠の質的データで有意差が認められた朝のすっきり感は、心身の活性化を示すサインと解釈できる。BBATは、生体工学的、生理学的、心理社会的、実存的の各側面から影響を受ける動きの質に注目し、リラクセーションやストレッチング、バランス運動などを用いて心身を調整する運動療法である。本研究の結果、これらの成績が改善したことは、BBATが睡眠活動に望ましい影響を及ぼしたことが示唆された。しかし、本研究を一般化するにはさらに詳細な検討を続けていく必要があると考える。【理学療法学研究としての意義】 理学療法は、種々の運動障害に対して身体的課題を改善することに主眼が置かれてきた。しかし、身体の動きは精神面からも影響を受ける。理学療法が動きを改善する専門家であるならば、精神的課題を視野に入れた治療アプローチの確立が理学療法学研究の今後の課題であると考える。本研究は、精神保健領域の理学療法として確立しているBBATを用いて、睡眠障害を対象に介入研究を実施したが、今後はさらに種々の精神疾患に対する効果を検証し、理学療法の可能性を検討していくことが課題である。