抄録
【はじめに、目的】 人工股関節全置換術(以下THA)の実施件数は年間3万5千件であり、医療コストの観点から手術件数の多さが社会的な問題となっている。THA実施の要因として隣接関節の症状悪化があり、変形性股関節症患者の腰痛が問題となることが多い。そのため股関節痛だけでなく腰痛改善も目的としてTHAが実施されることがあるが、高齢者における腰痛改善率は必ずしも高くないことが報告されている。この要因にTHA施行による腰椎後彎・骨盤後傾の進行を主とした腰椎・骨盤アライメントの問題が示唆されている。しかし過去の報告は腰椎・骨盤アライメントの傾向や横断研究から推察したものが多く、腰痛の関連因子を、腰椎・骨盤アライメントを含めて縦断的に検討したものは無い。本研究では術後早期の腰痛に体幹・股関節機能がどのように寄与するか、またこれらの関係に腰椎・骨盤アライメントが影響するかを明らかにすることを目的として以下の調査を実施した。【方法】 対象は変形性股関節症と診断され、THA施行後に当院回復期病棟に入院した女性患者23名(年齢70.7±10.5歳、身長149.5±5.0cm、体重53.0±8.8kg) とした。研究デザインは前向き縦断研究とし、術後2週に独立変数である体幹・股関節機能を計測し、術後5週に従属変数の腰痛および介在変数の腰椎・骨盤アライメントを計測した。腰痛指標として簡略版マギル痛み質問票(以下SF-MPQ)を用いた(素点範囲;0-60)。独立変数には(1)超音波診断装置による体幹筋厚(外腹斜筋・内腹斜筋・腹横筋・腹直筋・多裂筋)(2)等尺性股関節筋力(屈曲・伸展)(3)関節可動域(体幹屈曲・伸展、股関節屈曲・伸展)(4)筋短縮(SLRテスト、尻上がりテスト)(5)テープメジャー法による脚長差を計測した。また介在変数には(1)腰椎前彎角(X-P側面像)と(2)pelvic angle(X-P側面像)を測定指標とし、医師の指示により放射線技師がX線撮影した。さらに交絡因子には(1)被験者属性因子(年齢・BMI)(2)薬物療法の有無(3)併存疾患の有無(4)自己効力感(5)術中出血量(6)変性椎間数と定義した。データ分析は重回帰分析のステップワイズ法を用いて多変量解析モデルを作成した。また交絡因子を分析モデルに強制投入し調整を実施した。さらに介在変数を強制投入し、腰椎・骨盤アライメントが介在するかを検討した。【倫理的配慮、説明と同意】 吉備国際大学(受理番号10-13)の倫理委員会の承認を得た。対象者には研究内容を書面で説明をし、十分に理解した上で同意書を得た。【結果】 単相関分析によって関連(p<0.20)を認めた変数により重回帰分析を実施した結果、術側股関節伸展可動域(p=0.008,β=-0.5552)と術側多裂筋厚(p=0.038,β= 3.90)は有意に従属変数を説明した。交絡因子投入後も術側股関節伸展可動域(p=0.035,β=-0.625)はモデルから除外されず、独立して従属変数を説明していた。さらにpelvic angle投入後は術側股関節伸展可動域がモデルから除外され、pelvic angleも腰痛に寄与する傾向を有していた(p=0.080,β=0.546)。一方、腰椎前彎角を強制投入した時、術側股関節伸展可動域はモデルから除外されなかった。つまり術後2週時点で股関節伸展可動域が小さいものは、術後5週時点で腰痛が強く、骨盤前傾位にあるという特徴を有していた。【考察】 術側股関節伸展可動域の低下は属性因子や投薬有無、腰椎変性などの交絡因子の影響からも独立して、腰痛に寄与することが示唆された。また術後2週目に股関節伸展可動域が小さいものは、術後5週目に骨盤アライメントが前傾位をとりやすく、これが腰痛を残存させる要因となっていることが示唆された。井原らは股関節伸展可動域が小さいと局所的に腰仙椎関節での前彎を強め、疼痛を惹起する可能性を示唆しており、本研究においても骨盤前傾傾向が改善しなかったことから、腰仙椎関節への圧縮負荷や椎間孔の狭小化により腰痛が残存していたと考える。本研究は術後早期の腰痛に対する予測因子を検討しており、長期的な予後は不明であるため今後の検討が必要である。【理学療法学研究としての意義】 本研究は交絡因子の影響を取り除いた上でも股関節機能や骨盤アライメントが腰痛に寄与することを明らかにしたことは意義があると考える。医療制度改革による入院日数制限が進む中、THA術後患者の腰痛を早期に改善し退院させるための方策を考える上で本研究は一助になると考える。