抄録
【目的】 病院勤務看護師の腰痛発生率は高率であり産業衛生において大きな問題となっている。そこで全国労災病院リハビリテーション技師会は,勤労者医療として看護師の腰痛に着目し,多施設共同研究による病棟勤務看護師への腰痛実態調査と無作為介入研究を2010年に実施した。今回は腰痛実態調査から,腰痛の危険因子として近年多く報告されている心理的要因と腰痛の関連を検証したので報告する。【方法】 労災病院15施設に勤務する病棟看護師に対して無記名式調査票を配布した。回収された1976例のうち有効回答1383例を本研究の分析対象とした。対象の属性は、年齢33.0±9.9歳、勤務年数9.1±9.1年,男性69例,女性1243,BMI20.8±2.7であった。調査項目のうち職務中における腰痛の有無,臨床看護職者の仕事ストレッサ―測定尺度(Nursing Job Stressor Scale以下NJSS)を抽出した。NJSSは,臨床の現場で働く看護者に特異的な仕事ストレッサ―測定尺度であり,7因子33項目からなる(「職場と人的環境に関するストレッサ―:7項目」「看護職者としての役割に関するストレッサ―:5項目」「医師との人間関係と看護職者としての自立性に関するストレッサ―:5項目」「死との向き合いに関するストレッサ―:4項目」「仕事の量的負担に関するストレッサ―:5項目」「仕事の質的負担に関するストレッサ―:5項目」「患者との人間関係に関するストレッサ―:2項目」)。採点方法は5件法(「そのような状況なし:0点」「ほとんど感じない:1点」「少し感じる:2点」「かなり感じる:3点」「非常に感じる:4点」)であり,下位尺度の点数は項目点数を項目数で割って算出した。マンホイットニー検定によりNJSS下位尺度を腰痛の有無(腰痛有;n=830,腰痛無;n=553)で比較し,さらに腰痛の有無に対するNJSS下位尺度のオッズ比と95%信頼区間をロジスティック回帰分析により算出した。分析の際には年齢と性別を交絡因子として加え,調整済オッズ比を算出した。【説明と同意】 紙面により研究内容を説明し研究の同意を得た。また本研究は研究に参加した施設ごとに倫理委員会の承認を受けて実施した。【結果】 腰痛の有無による比較では,NJSS下位尺度のうち職場と人的環境に関するストレッサ―(腰痛有1.43±0.42点・腰痛無1.34±0.46点,p<0.01),医師との人間関係と看護職者としての自立性に関するストレッサ―(腰痛有2.46±0.96点・腰痛無2.26±1.02点,p<0.01),死との向き合いに関するストレッサ―(腰痛有2.18±0.10点・腰痛無2.02±1.08点,p<0.05),仕事の量的負担に関するストレッサ―(腰痛有3.18±0.69点・腰痛無2.96±0.77点,p<0.01),患者との人間関係に関するストレッサ―(腰痛有2.88±0.85点・腰痛無2.66±0.88点,p<0.01)に有意差を認めた。ロジスティック回帰分析では,NJSS下位尺度のうち仕事の量的負担に関するストレッサ―(オッズ比1.49,95%信頼区間1.19-1.86),患者との人間関係に関するストレッサ―(オッズ比1.21,95%信頼区間1.02-1.44)が腰痛の促進因子として統計学的に有意な関係を示した。【考察】 近年,職業性腰痛には身体的負荷以外にも仕事の満足度や精神的ストレスをはじめとする社会心理的要因が関与すると指摘されるようになってきた。本研究でもNJSS下位尺度と腰痛の有無に有意な関連を認めた。精神的ストレス,うつ等の心理的要因と疼痛の関与は,ドーパミンシステムにより解明されつつあり,精神的ストレス,うつ等が存在するとドーパミンシステムが抑制される結果として疼痛が増幅されると考えられている。ただしドーパミンシステムのみをもって腰痛発生の原因の説明することはできず,腰痛に対するその他の交絡因子も考慮しなければならない。運動機能をはじめ,「作業姿勢」「作業動作」「作業環境」「勤務状況」などの労働環境も含めて腰痛との関連性を検証することが今後の課題である。【理学療法学研究としての意義】 看護師の腰痛を取り巻く要因は多岐にわたるため,アプローチには心理的要因の評価や理解も必要である。