抄録
【目的】 高齢な大腿骨近位部骨折(大腿骨骨折)患者の退院時身体機能に影響する要因を追究した報告は多く,大部分が知能,立位バランス機能と膝伸展筋力などで一致している.たとえば,前述の項目を評価して,退院時歩行予後の可否を推定しようと試みる.およその予後判断はできるが,具体的かつ客観的に述べるとなると難しい.検査診断学の領域には,事前確率,感度,特異度,尤度比などの統計指標を用いて,具体的な事後確率を提示する方法がある.そこで,これを大腿骨骨折患者の歩行予後に適用する有用性を検討した.【方法】 対象は,一般病院に入院して手術療法を受け,理学療法を施行された大腿骨骨折患者54名(女性48名)とした.全対象者は受傷前に歩行自立していた.平均年齢は78.0±8.4歳(範囲60歳~90歳),平均入院日数は54.1±18.2日であった. 対象者の起立・歩行練習開始時に,起立または歩行が可能か否かといった起立歩行機能(歩行が可能なときは補助具に応じて5段階評価),体幹下肢運動年齢検査(MAT),徒手筋力検査(股関節屈曲,膝関節伸展),長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R),同日の病棟での日常生活活動(ADL;Katz's Index),Japan Coma Scaleを評価した.また,大腿骨骨折以外の疾患(中枢神経,循環器,呼吸器疾患など)の有無・重症度も評価した.その他に,受傷前ADLと歩行(歩行補助具の状態で3段階)を,よく観察している者から聞き取った. 歩行の可否については退院時までの入院中に自立歩行が可能となったか否かで評価(退院時歩行)した.担当理学療法士によって理学療法室・病棟において安定した歩行ができると判断し,かつ,2名以上の看護師によっても同意が得られたときに可能と判断した.歩行補助具の有無・種類,日常における歩行頻度・距離は問わなかった. 退院時歩行に影響する要因を抽出するため,退院時歩行を従属変数,その他全ての測定変数を独立変数として,多重ロジスティック回帰分析(尤度比検定)を適用した.結果で得られた項目に対して,cutoff,感度,特異度,尤度比といった統計指標を求めた.統計的解析には,SPSS 19.0(日本IBM)ならびにR 2.8.1(freeware)を使用した.【説明と同意】 この研究はヘルシンキ宣言に沿って行った.評価項目は日常診療で必要な情報であり,また観察研究ゆえに実験的介入はない.しかし,対象者または家族に対して,担当理学療法士が研究目的・方法を十分説明した後,同意書を作成した.【結果】 退院時歩行が可能な者は35名,不可能な者は19名であった.入院から起立・歩行練習の開始までは,平均9.6±0.9日だった.退院時歩行の可否に影響する項目は,MAT,HDS-R,起立歩行機能であった(modelχ 2 ;p<0.01).これらのcutoff,感度,特異度,尤度比の値は順に,MATが8ヵ月,73.7%,91.4%,8.6,HDS-Rが22点,100%,71.4%,3.5,起立歩行機能は,cutoffが[椅子から立ち上がって立位保持が可能],80.0%,84.2%,5.1であった.各項目の95%信頼区間を比較する限り,優劣の差は付けられなかった.次に,臨床判断の指標を求めるためにまず,簡便で判断しやすい起立歩行機能を事前確率とした.起立・歩行練習開始時に,立ち上がって立位保持が可能であれば,77%(事前odds:3.35)で退院時歩行が可能であった(p<0.01).ベイスの定理に基づき,例えば歩行可能となる確率を求めると,起立歩行機能,HDS-R,MAT(何れもcutoff以上)の組み合わせで約99.0%,起立歩行機能とHDS-Rなら96.6%,起立歩行機能とMATなら92.1%であった.【考察】 結果で得られた3項目は,それぞれ単独であっても高い確率で退院時歩行を予測できた.臨床活用を意識するならば,比較的経験的な見地に委ねる起立歩行機能をスクリーニング検査とし,状況に応じてHDS-RまたはMATを用いても十分である.もしくは,スクリーニング検査に続けて,除外基準として感度の高いHDS-Rを適用し,さらに確定基準として特異度の高いMATを適用することにより,的中精度は高まるだろう.ただし,HDS-RとMATの併用に関しては独立性が不明なため,単純な併用が最適であるかは断言できない.【理学療法学研究としての意義】 単に統計解析の結果によって予後影響因子を述べても,臨床へ活用することは難しい.実用可能な形で客観的根拠を示すと具体的に把握できる.また,他の医療スタッフ,患者及びその家族に理解し易い形で根拠を提示できる意味でも,こうした手続きが必須となってくる.