抄録
【目的】 前十字靭帯(ACL)損傷例の歩行動作において,膝関節の屈曲伸展を抑制し不安定性を防止するというStiffening Strategyが広く知られている.我々は第46回日本理学療法学術大会において,Stiffening Strategyが,矢状面での膝関節の屈曲伸展運動のみでなく,水平面での脛骨の回旋運動も小さくする傾向があるのではないかと予測し,Point Cluster Technique(PCT)を用いて,ACL損傷例の患側と健側の脛骨回旋運動を比較した.しかし,患健差は認められず,不安定性を伴う半月板損傷を合併したACL(M+ACL)損傷例において,患側の脛骨内旋運動が大きい傾向にあった.そのため,我々はACL損傷者における膝関節の安定性に起因する脛骨の回旋運動は,ACL損傷のみでなく半月板損傷による影響も大きいと推察した. そこで,今回,我々はPCTを用いて,ACL単独損傷例とM+ACL損傷例,健常者の歩行時の膝関節屈曲伸展運動と脛骨回旋運動を比較し,ACL損傷とACL損傷に合併した半月板損傷が歩行時の脛骨回旋運動に与える影響について明らかにすることを目的とした.【方法】 ACL単独損傷例6名(平均年齢19.3±4.2歳,男性1名・女性5名),M+ACL損傷例5名(平均年齢25.4±9.9歳,男性4名・女性1名),コントロール群として健常者3名6膝(平均年齢24.7±1.5歳,男性1名・女性2名)を対象とした.計測は,体表に赤外線反射マーカー36点を貼付し,三次元動作解析システムVICON MX(カメラ10台)を用いて行った.歩行計測に先立ち,各関節の標準化のために静止立位の測定を行い,測定前に数回の練習を行った後,自由速度の歩行を3回施行した.計測したマーカー位置よりAndriacchiらのPCT法を用いて膝関節屈曲伸展角度,脛骨内外旋角度を計算し,静止立位角度により補正した.屈曲に関しては,立脚初期から中期における屈曲ピーク値と立脚期中期の伸展ピーク値,内旋に関しては,踵接地(HC)時の内旋角度と立脚中期の内旋ピーク値を算出し,ACL単独損傷例,M+ACL損傷例,健常膝の比較をした.統計学的解析にはKruskal Wallis H-testを用い,P<0.05を有意差ありとした.【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は,国際医療福祉大学三田病院倫理委員会の承認を得,対象者に口頭と文書にて説明を行い,研究の参加に対する同意を得て行った.【結果】 立脚初期から中期における屈曲ピーク値と立脚中期の伸展ピーク値の差は,ACL単独損傷では9.3±5.6度,M+ACL損傷では12.4±7.0度,健常膝では19.5度±5.6度であり,M+ACL損傷と健常膝,ACL単独損傷と健常膝で統計学的有意差を認めた(p<0.05). HC時の内旋角度と立脚中期の内旋ピーク値の差は,ACL単独損傷では8.8±4.0度,M+ACL損傷では14.9±4.7度,健常膝では10.8度±2.0度であり,M+ACL損傷とACL単独損傷,M+ACLと健常膝で統計学的有意差を認めた(p<0.05).【考察】 ACL損傷者の歩行では,脛骨の前方移動や回旋に起因する膝関節不安定性を認めることが多く,膝関節伸展運動の逃避として,ハムストリングスの緊張を高め,膝関節の屈曲伸展運動を小さくするStiffening Strategyをとることが知られている.よって,ACLは脛骨の回旋運動への制動の役割を果たすとされているが,ACL損傷に合併する半月板の影響については明らかにされていないことが多い.半月板は,脛骨の回旋に関する二次的な制動の役割を果たすことが予測される. そのため,我々は,ACL単独損傷例が,歩行時に屈曲伸展角度を小さくするStiffening Strategyと同時に,立脚期の脛骨回旋運動を小さくし,膝関節の安定性を保っているのではないか,また, M+ACL損傷例では,半月板損傷の影響で立脚期の内旋角度が大きくなるのではないかと推察していた. 本研究ではACL単独損傷例,M+ACL損傷例において先行研究と同様に,歩行中の膝関節屈曲伸展を小さくするStiffening Strategy を認めた.また,M+ACL損傷例でACL単独損傷例や健常膝に対し脛骨内旋運動が大きい傾向を認め,ACL単独損傷例では健常膝に対し脛骨回旋運動の有意差を認めなかった.このことから,ACL単独損傷例では,歩行時に膝関節の屈曲伸展運動を小さくすることで,脛骨の回旋運動を抑制して膝関節の安定性を保つことができるが,不安定性を伴う半月板損傷を合併することにより,脛骨の内旋運動の制動が行えなくなることが予測される.【理学療法研究としての意義】 本研究から,M+ACL損傷では,脛骨の過度な内旋運動が再建靭帯の過緊張を引き起こすため,術後理学療法において,脛骨の回旋運動への考慮は重要と考えられる.また,脛骨の回旋運動は,将来的な変形性膝関節症のリスクにもつながり,ACL損傷に伴う半月板損傷の有無を考慮する必要性が示唆された.