抄録
【目的】 体表から行う呼吸時の胸郭可動性評価は一般的に行われる評価法であり、吸息‐呼息時の胸郭周囲径の拡大と縮小の程度を評価指標とする事が多い。人間の胸郭形態は人それぞれによって異なり、この胸郭形態の個人差から呼吸運動時の胸郭可動性は影響を強く受けると考えられる。安定した呼吸のためには、横隔膜をはじめ、肋間筋や腹部周囲筋の協調的な活動が重要であり、特に腹部深層筋の活動が重要である。腹部深層筋の一つに位置づけられている横隔膜は、下部体幹安定化の作用を有するとともに吸息時における主動作筋である。そこで吸息時の横隔膜変位量に焦点をあて、吸気量と腹部・下部胸郭容積変化との関係を検討した。【方法】 対象は神経学的な疾病のない健常成人男性11名(平均年齢25.3±3.4歳、平均身長1.70±0.05m、平均体重63.5±5.4kg)、健常高齢者8名(平均年齢68.0±4.6歳、平均身長1.70±0.04m、平均体重70.3±6.6kg)の計19名とした。測定肢位は股関節、膝関節屈曲90°となるように高さ調整された椅子に、坐骨結節で体重を支持した座位姿勢で床と水平に設置した板の上に顎を置き、両上肢は30°外転位に保持した安楽肢位とした。肺気量測定は呼気ガス分析器AS-300S(ミナト医科学社製)を使用し、Flow volume曲線が安定した後、安静呼吸3回、最大吸息1回を1セットとし、連続して3セット測定し、一回換気量、最大吸気量の平均値をそれぞれ算出した。同時に超音波画像解析装置(日立メディコ製)を使用し、Mモード法(周波数3.5MHz)にて横隔膜変位量を計測した。測定は右鎖骨中央線と右前腋窩線との中間で、肋骨弓の直下より横隔膜後部に焦点を当て、呼息位の横隔膜深度を基準に吸息時、最大吸息時の2通りとした。胸郭の容積変化を捉えるため、呼気位、吸気位、最大吸気位の3通りでの体幹体表からの採型を、それぞれキャストライトα(ALCARE製)を使用し行った。臍部から乳頭部までを均等に4等分し、臍部から下部、中下部、中上部、上部と区分わけを行い、各区分の容積を算出し、BMIを用い標準化した数値を使用した。統計解析はSPSSを使用し、健常成人と高齢者との群間比較にはMann-WhitneyのU検定を行った。横隔膜変位量、吸気量、胸郭容積変化についてPearsonの積率相関係数を算出した。有意水準は5%未満とした。【説明と同意】 本研究は文京学院大学安全倫理審査委員会において承認を得た。また対象者には、研究の概要と得られたデータを基にして学会発表等を行うことを、同意説明文にて説明し、研究同意書に署名を得た後に実施した。【結果】 横隔膜変位量は健常成人で吸息時22.0±6.9mm、最大吸息時50.6±7.9mm、高齢者では吸息時21.5±5.6mm、最大吸息時61.2±13.5mmであった。肺気量は健常成人で一回換気量0.83±0.22l、最大吸気量1.95±0.49l、高齢者で一回換気量0.67±0.16l、最大吸気量1.68±0.46lであり、健常成人と高齢者との比較において、一回換気量と最大吸気量の値にそれぞれ有意差を認め(p<0.05)、健常成人で正の相関(r=0.85、p<0.01)を認めた。胸郭容積変化は健常成人、高齢者ともに各区分で有意差を認めなかった。最大吸息時の横隔膜変位量と肺気量との関係では、高齢者で正の相関(r=0.79、p<0.05)を認めた。胸郭容積変化と横隔膜変位量、肺気量との関係において相関関係は認められなかった。【考察】 高齢者にのみ横隔膜変位量と最大吸気量間で正の相関が認められ、健常成人は横隔膜変位量と最大吸気量間で相関関係を認めなかった。以上より最大吸息時において、高齢者では腹式呼吸の要素が強く、健常成人では胸腹式呼吸の要素が強いのではないかと考えられる。肺気量は健常成人と比較し、一回換気量、最大吸気量ともに高齢者が低値を示しており、これは加齢変化等による肺コンプライアンス低下や胸郭の柔軟性低下が考えられる。今回下部体幹部分のみに焦点を当てたが、胸郭容積変化と横隔膜変位量、肺気量の間に明らかな関係性を認めなかった。健常成人が胸腹式呼吸優位であると考えると、今後胸郭上部の容積変化を含めた検討を行っていく必要があると考えられる。【理学療法学研究としての意義】 横隔膜変位量と肺気量、胸郭容積変化の関係が明らかとなれば、体表より胸郭形態や可動性を捉えることで、横隔膜運動や呼吸機能を予測する事ができ、臨床における体幹機能評価の際の一助となるのではないかと考える。