抄録
【はじめに、目的】 臨床現場では肩関節周囲炎や腱板断裂をはじめ肩関節疾患に対し経過とともに病態が変化することや症例によって異なる機能障害を呈することから適切な理学療法に難渋する場面に多く遭遇する。棘上筋腱の大結節付着部より約1cm内側の部分は最もストレスを受けやすい部分、すなわち腱板の危険地帯(以下:critical zone)と呼ばれている。我々は第24回兵庫県理学療法士学会において、肩関節周囲炎患者に対し疼痛側・非疼痛側のcritical zoneの棘上筋腱厚を超音波画像装置(以下:エコー)を使用し比較した結果、差が生じていることを報告した。エコーを用いた棘上筋腱に関する報告は散見されるが、critical zoneにおける運動時の棘上筋腱厚の変化についての報告は少ない。そこで今回、健常人に対し安静時および自動運動による肩関節外転30°(以下:自動運動時)におけるcritical zoneの棘上筋腱厚の変化を測定した結果に若干の考察を加えて報告する。【方法】 対象は、健常成人18名(男性3名 女性15名、平均年齢42.5±10.8歳、身長164.1±7.8cm、体重58.3±10.7kg)、左右36肩とした。上肢帯に骨折などの既往がある者、著明な円背を呈する者を対象から除外した。棘上筋腱厚の測定肢位は、小竹らの方法に順じ安静時においては床面に対し垂直となるいす座位、肩関節屈曲0°、外転0°、内外旋中間位、肘関節90°屈曲位、前腕回内外中間位とし静的な状態で測定した。測定部位は肩峰下面と上腕骨大結節間の棘上筋腱を線維方向・長軸にプローブをあて、大結節から1cm近位部かつ棘上筋腱の前方における棘上筋腱厚を測定した。自動運動時においては安静時の姿勢から萩島らの報告をもとに棘上筋の最大収縮性を得られるとされる肩関節外転30°の肢位にゴニオメーターを使用し測定した。また、代謝の影響を考慮して1回目と1週間後の同一時間帯に2回目の測定を行った。統計処理は安静時、自動運動時ともに2回測定した平均値を使用し、安静時と自動運動時の棘上筋腱厚の差をウィルコクソンの符号付順位和検定を用いて解析した。統計学的有意判定の基準は5%未満とした。測定機器はエコー(持田製薬社製SONOVISTA-ET)を使用し、7.5MHzプローブを用いた。【倫理的配慮、説明と同意】 対象には本研究の趣旨について文書にて説明し、同意を得た。また、対象には研究同意の撤回がいつでも可能な事を説明した。【結果】 右安静時6.40±0.64 mm、右自動運動時7.33±0.52 mm、左安静時6.49±0.73mm、左自動運動時7.54±0.60 mmであった。安静時と自動運動時では、右( p<0.01)、左(p<0.01)ともに有意に棘上筋腱厚は増加していた。【考察】 critical zoneについて、佐野はヒトと類似した組織学的構造を有する白色日本家兎を用いて正常棘上筋腱付着部に2次元FEモデルを用い解析した結果、応力集中が得られた部位は腱骨付着部の関節面側であると報告している。また、滑液包側についてNeerは上肢を挙上する時、棘上筋腱は烏口肩峰アーチの下を通り解剖学的に摩擦、圧迫を受けやすい位置にあると述べている。これらの報告からcritical zoneにおける棘上筋腱は自動運動によって変化していると考え、研究を行った結果、安静時に対して自動運動時は棘上筋腱厚が増加した。この理由として棘上筋厚の増加に伴って棘上筋腱厚が増加したと考えられる。更に棘上筋線維方向に対する棘上筋腱付着部面の角度の変化によって棘上筋腱厚の増加に影響を及ぼしたと推測される。今後は測定する対象を増やし、他の要素との関連性を比較する必要があると考えられる。【理学療法学研究としての意義】 棘上筋腱は損傷を負いやすい部位であるが、前回と今回の研究で肩関節周囲炎患者のcritical zoneの棘上筋腱厚は疼痛側・非疼痛側に差があり、また健常者では運動時に変化が生じた。この結果を踏まえ今後は症状が改善または悪化していく過程で、この部位がどう変化していくかさまざまな要素と比較検討する必要性がある。