抄録
【はじめに、目的】 前十字靱帯損傷(Anterior Cruciate Ligament;以下、ACL)損傷はスポーツ活動に伴って受傷することが多いが、ACL再建術後の日常生活の能力は高く、歩行能力にも制限がないことが多い。そのため、術後の効果判定として、スポーツ復帰時期や運動パフォーマンス、筋力、膝不安定性など種々の指標があるが、International Knee Documentation Committee(以下、IKDC)を用いての主観的膝機能も有用であるとされている。しかし、本邦でのIKDCと筋力、膝安定性、腫脹や疼痛などの機能的因子との関連を調べた報告は少ない。本研究の目的はACL再建術後のIKDC得点にどのような因子が影響するかを明らかにすることである。【方法】 対象は当院および産業医科大学病院で同一術者によるACL再建術が施行された患者で、2011年4月~2011年10月の期間にACL再建術後の評価を行い得た患者である。除外基準は術後4ヶ月未満の患者とした。分析対象は28名(男性15名、女性13名、年齢23.0±7.7歳)であった。フォローアップの時期は平均399.4日であった。手術方法の内訳は、半腱様筋腱を用いた(ST法)25例、骨付き膝蓋腱を用いた(BTB法)3例であった。評価として、1. IKDC得点(18-105点)、2. Heel Height Difference(以下、HHD。腹臥位での両踵の差であり、伸展制限の左右差を表す)、3. 脛骨前方移動量(KNEELAX使用)、4. 等速性筋力(60°/sec、180°/secでの健患比、健側体重比、患側体重比。BIODEX使用)を評価した。これらに加え、痛み、腫脹の指標として、IKDCの「苦痛がある場合の程度」(以下、疼痛。1-11点)、「腫脹を伴わずに行える活動」(以下、腫脹。1-5点)の項目をそれぞれ単独で使用した。IKDC得点と上記項目との相関をスピアマン順位相関係数にて検定した。全分析の有意水準は0.05とした。【倫理的配慮、説明と同意】 対象者には評価時に本研究の趣旨を説明し同意を得た。【結果】 術前のIKDC得点は77.0±14.4点で、術後は91.1±9.3点でt検定にて有意な差を認めた(p<0.01)。HHDは1.1±1.8cm、脛骨前方移動量は2.3±2.1mm、等速性筋力は60°/sec伸展で健患比82.5±23.6%、健側体重比256.2±48.9%、患側体重比209.7±65.0%、60°/sec屈曲で健患比86.1±16.3%、健側体重比129.5±40.1%、患側体重比111.4±39.1%、180°/sec伸展で健患比85.2±20.1%、健側体重比170.0±28.8%、患側体重比147.4±38.6%、180°/sec屈曲で健患比88.6±16.7%、健側体重比98.0±27.1%、患側体重比85.9±26.1%であった。また疼痛は9.4±1.7点、腫脹は3.9±1.0点であった。IKDC総得点と有意な相関を認めたものは、相関係数の高い順から、腫脹(r=0.75、p<0.01)、疼痛(r=0.66、p<0.01)、180°/sec伸展での患側体重比(r=0.51、p<0.01)、60°/sec伸展での患側体重比(r=0.45、p<0.05)、180°/sec屈曲での患側体重比(r=0.40、p<0.05)であった。【考察】 結果よりACL再建術後の主観的膝機能には疼痛や腫脹が大きく影響し、特に腫脹の影響が大きいことが明らかとなった。そのため、術後では腫脹に対し継続した十分なアプローチや患者指導を行うことが主観的膝機能を改善するうえで重要であることが示唆された。筋力ではハムストリングスよりも大腿四頭筋の筋力が主観的膝機能に大きく影響することがわかった。患側体重比のみ相関を認めたことから、一般にスポーツ復帰の指標とする健患比のみではなく、患者の体重に対する大腿四頭筋筋力の比を改善させることが患者の主観的膝機能を改善するうえで重要であることも示唆された。【理学療法学研究としての意義】 ACL再建術後患者において疼痛や腫脹などの機能的な項目が主観的膝機能に高い相関を示した結果が得られ、術後の腫脹や疼痛の管理の重要性が示唆された。また、術後の筋力は健患比を用いられることが多いが、体重比の重要性も明らかとなった。ACL再建術後での主観的膝機能に影響する因子を調査した報告は少なく、本研究の意義は高いと考えられる。