抄録
【はじめに、目的】 バランスボール上での体幹安定性を目的としたトレーニングは一般化され実施されており,その有効性として一側下肢挙上による側腹筋の筋厚変化と体幹安定性をもたらすとされている.しかし,バランスボールに乗れない高齢者や片麻痺の症例においては転落予防が必要になり,さらに物を用意しなければならないなどの問題がある.我々は先行研究から上肢支持の椅子座位での運動課題において,側腹筋の有意な筋厚増加を超音波画像診断装置にて確認した.しかしながら他の座位での訓練と比較して有意に筋厚増加を認めるかどうかは明らかではなかった.よって今回,上肢支持の椅子座位での運動課題の有効性の検証を目的に,バランスボール上での下肢挙上課題と比較し検証を行うことを研究目的とした.【方法】 対象は健常男性12名,平均年齢28.9±5.9歳とした. 測定方法は超音波画像診断装置(ALOKA-α7)を用いてBモード,6-8MHzで行い,測定筋は右側の腹横筋(以下,TA),内腹斜筋(以下,IO),外腹斜筋(以下,EO)とした.プローブの位置は右前腋窩線上で肋骨辺縁と腸骨稜の中央点にマーキングを施し,プローブの中央が位置するようにし,測定筋を得るようにプローブ位置,ゲイン,フォーカスを微調整し測定を行った.測定肢位は先行研究同様の机に両肘をつき,両足底を床面に接地した肢位を開始肢位とし,骨盤前傾位,腰椎生理的前弯を保持させた.また机上の肘頭からの垂線は膝蓋骨上とした.開始肢位より,以下の5つの課題を与えた.同側下肢挙上,対側下肢挙上,同側上肢―対側下肢同時挙上,対側上肢―同側下肢同時挙上とし挙上する高さは全て3cmとした.他の課題としてバランスボール上で両上肢を胸の前に組んだ姿勢から,対側膝完全伸展(以下,ボール対側膝伸展)とした.すべての課題において動作以外の動きを行なわないよう口頭指示を与え,開始肢位を含めすべての運動課題中は安静呼吸を行うように指示し,その肢位を8秒間保持するようにした.課題間は十分な休息をとり,課題はランダムとし,2回の測定は期間をあけ実施した.被検者には各測定課題中,視覚的フィードバックを用いないようモニターから背を向けさせた.測定した動画から各課題中の呼気時を静止画像として抽出した.静止画像から画像解析ソフトImage Jを用い,TA ,IO,EOの筋の走行に対し垂直,かつ上下の筋膜が平行となる部位の中央で,かつ筋膜間の距離が最大となる部位を筋厚測定部位とした.すべての測定および計測は同一検者が行い,機器の操作のみ他1名が行うようにした.統計処理方法は各課題で2回計測した結果の平均をTA,IO,EOの筋厚の代表値とした.各課題での筋厚変化に対して,一元配置分散分析と多重比較を行い検討した.【倫理的配慮、説明と同意】 被検者に本研究の目的,方法等を説明し書面にて同意を得た.【結果】 TAの筋厚[平均±標準偏差mm]はボール対側膝伸展:4.6±1.3と比較し,同側下肢挙上:3.6±0.7,対側上肢―同側下肢同時挙上:3.5±0.6では有意に低い値を示し(P<0.01),対側下肢挙上:4.3±1.1,同側上肢―対側下肢同時挙上:4.8±1.2では有意差が得られなかった.IOの筋厚はボール対側膝伸展:13.2±3.1と比較し,対側下肢挙上:14.8±3.2,同側上肢―対側下肢同時挙上:14.8±3.2では有意に高い値を示し(P<0.05),同側下肢挙上:10.5±2.3,対側上肢―同側下肢同時挙上:10.6±2.3では有意に低い値を示した(P<0.01).EOの筋厚はボール対側膝伸展:7.6±2.1と比較し,すべての課題において有意差を認めなかった.【考察】 TAの筋厚はボール対側膝伸展と上肢支持の椅子座位での対側下肢挙上及び同側上肢―対側下肢同時挙上と比較して筋厚に有意差が認められなかったことは,ボール対側膝伸展と同程度の筋厚増加が得られると考えられる.言い換えればTAにおいては同程度の効果が期待できる可能性がある.IOの筋厚はボール対側膝伸展と上肢支持の椅子座位での対側下肢挙上及び同側上肢―対側下肢同時挙上が有意に高い値を示したことは,ボール対側膝伸展より有効的にIOの筋厚増加が期待できる可能性がある.EOの筋厚はボール対側膝伸展課題と各課題を比較し,有意差が認められなかったことは,静的姿勢調節に積極的に関与していない可能性がある.これらからバランスボールを用いなくても,上肢支持の椅子座位での対側下肢挙上及び同側上肢―対側下肢同時挙上課題は対側TAおよびIOの同時収縮に適していると考えられる.【理学療法学研究としての意義】 今回,我々はバランスボールを用いなくても,上肢支持の椅子座位にて対側下肢挙上運動と同側上肢―対側下肢同時挙上課題により対側TAとIOの筋厚が高まることが示唆された.したがって体幹安定化エクササイズとして代用できる可能性があると考える.