抄録
【目的】 変形性膝関節症(以下,膝OA)の発生機序は様々であるが,膝関節のみが原因とはいえない.体幹機能や加齢による脊柱後彎を原因とした骨盤後傾位に伴う運動連鎖破綻により膝OAに発展していくとの報告がある.すなわち,脊柱後彎に伴う腰椎の前彎減少により上半身の重心は前方に変位し,その代償として骨盤は後傾する.さらに骨盤後傾は,膝関節に対し屈曲モーメントを生じさせることから屈曲拘縮や内反変形を加速化させ,膝OA進行に関与するとされている.膝OAに対する人工膝関節置換術(以下,TKA)は,有効な観血的治療として施行されており,その目的には除痛の他にROM改善や正常なアライメントの再構築などが挙げられる.これまでにも,TKA後の膝関節におけるROMの改善や良好なアライメント獲得に関しては数多く報告されている.しかし,TKA前後での骨盤のアライメント変化に関する報告は少ない.TKAによる伸展角度や大腿脛骨角(以下,FTA)の改善は骨盤のアライメント変化に影響を及ぼすと考えられる.本研究では,TKA前後の矢上面における骨盤傾斜の変化を立位骨盤正面X線像を用いて検討することを目的とした.【方法】 対象は,内側型膝OAによりTKAを施行した12例(両側5例,片側7例)とした.平均年齢は74.6±6.3歳である.膝関節におけるアライメント指標として,背臥位での自動伸展角度,他動伸展角度,立位での伸展角度,また荷重位X線像からFTAを計測した.骨盤傾斜の指標は,土井口らの方法を参考にし,立位骨盤正面X線像より,仙腸関節下縁を結ぶ線から恥骨結合までの垂線(L)を骨盤腔の最大横径(T)で除しL/T比を算出した.L/T比は土井口らの先行研究で骨盤傾斜角(pelvic inclination angle,PIA)と強い負の相関を示していることから,立位骨盤正面X線像を骨盤傾斜角の指標として採用した.計測時期は,TKA術前と術後4週(以下,術後)とした.なおX線撮影は主治医の指示の下,放射線技師が行った.統計処理は,各評価項目に対し対応のあるt検定を用いて術前後の変化を比較した.有意水準は5%未満とした.【説明と同意】 対象者には主治医同伴の下,研究の趣旨を十分に説明後,同意を得た上で測定を実施した.【結果】 (1)背臥位での自動伸展角度の変化.術前-11.5±5.9°,術後-2.7±3.3°であり,術前と比較し有意な改善が認められた(p<0.05).(2)背臥位での他動伸展角度の変化.術前-8.1±6.0°,術後-0.4±1.4°であり,術前と比較し有意な改善が認められた(p<0.05).(3)立位における伸展角度の変化.術前-13.4±8.2°,術後-7.2±4.6°であり,術前と比較し有意な改善が認められた(p<0.05).(4)FTAの変化.術前185.9±8.1°,術後174.5±4.0°であり,術前と比較し有意な改善が認められた(p<0.05).(5) L/T比の変化.術前0.27±0.1,術後0.33±0.1であり,術前と比較し有意な骨盤傾斜角の改善が認められた(p<0.05).【考察】 曾田らは,骨盤正面X線像において臥位に比べ立位では骨盤は後傾化する傾向があり,また75歳以上の高齢者では立位での骨盤後傾化が著明であったとしている.今回のTKAを施行した対象者も全例骨盤の後傾が認められた.膝OAの多くは,胸腰筋膜や腸脛靭帯に依存した形態をとりやすいとされており,骨盤後傾は股関節伸展,外転,外旋を連鎖的に引き起こし,膝関節の外方偏位や脛骨の内旋偏位により,屈曲拘縮や内反を呈するとされている.今回,TKA後に骨盤後傾の改善が認められたが,これはFTAの正常化により股関節の内転誘導による大腿筋膜張筋と腸脛靭帯の緊張の緩和や立位時の伸展角度の改善によりハムストリングスの緊張の緩和が関与したと考えられる.しかし,今回のTKA後の骨盤のアライメント変化は劇的な前傾化とは言い難く後傾は残存した状態である.この背景には,骨盤自体の可動性低下とそれに伴う脊柱の伸展可動域低下の影響が考えられる. 【理学療法学研究としての意義】 TKA前後における骨盤のアライメント評価として,立位骨盤正面X線像は客観性のある評価ツールの一つであると考えられる.また,異常姿勢の残存は長期的にはTKAに対し異常摩耗を引き起こす可能性も考えられるため,TKA施行症例に対しても体幹や骨盤帯の機能維持,改善を目的としたフォローの必要性が示唆された.